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冠動脈造影検査(CAG)
心臓は全身に血液の供給─すなわち酸素と栄養の供給を行っています。一方、心臓自体も酸素と栄養の補給を受けなければなりません。このための血管が冠状動脈(冠動脈)です。心臓から大動脈が出て、枝分かれをしながら全身に血液が送られます。冠動脈は大動脈より枝分かれする最初の血管であり、大動脈の根元に右の冠動脈と左の冠動脈があります。左の冠動脈は左前下行枝と左回旋枝に分枝するので(枝分かれする前の部分を左主幹部と呼びます)、冠動脈は3本あると表現されることがあります。この冠動脈に動脈硬化や血栓と呼ばれる血の塊ができることにより、血液の流れが悪くなったり(冠動脈狭窄)、血流が途絶(冠動脈閉塞)することで、狭心症や心筋梗塞が発生します。また、特に夜間に冠動脈が一過性の痙攣(冠攣縮または冠動脈スパスムと呼ばれます)を起こし冠動脈血流が悪くなり、狭心症が起こることもあります。

狭心症の治療法には、①内服薬で症状のコントロールを行う薬物療法、②先端に風船(バルーン)のついた治療用のカテーテルと呼ばれる細い管を用いて動脈硬化により狭くなった冠動脈を広げるカテーテルによる治療(経皮的冠動脈形成術、また風船(バルーン)による治療などと呼ばれることもあります)、③狭くなった冠動脈の先にバイパスの血管をつなぐ冠動脈バイパス術(いわゆる心臓の手術)の3種類の治療法があります。このどれが最適であるかは、動脈硬化により狭くなった部位がどの冠動脈(左主幹部、左前下行枝、左回旋枝、右冠動脈)のどこの部位(大動脈から分枝した部位から近い部位、遠い部位、または中間の部位など)にあるか、狭窄部位が何ヶ所あるか(狭窄のない部位と比べ70%程度狭くなる(血液の流れる部位が30%)と狭心症の原因となるとされています)、また狭窄の程度はどの程度か(例えば、75%狭窄、90%狭窄など)により異なります。これを正確に評価するために必要なのが冠動脈造影検査です。
冠動脈造影検査(CAG)とは
1. なぜ行うのか
狭心症の確定診断を行うために必要な検査です。運動をして心電図をとる負荷心電図検査(トレッドミル検査など)、ラジオアイソトープを用いて心臓の写真を撮る心臓核医学検査(負荷心筋シンチグラム)、強心薬を点滴しながら行う心臓超音波検査(ドブタミン負荷心エコー)などでも動脈硬化による狭心症の診断を行うことは可能です。ただし、これらの検査では動脈硬化による狭窄の程度(どの程度狭くなっているのか)、狭窄が何ヶ所あるのかなどを正確に判定することはできません。すなわち、上記の3種類の治療のうち最適であるものがどれであるかを判断することはできません。また、冠攣縮による狭心症の判定には、以前は過換気負荷(3分間深呼吸をする)、寒冷負荷試験(氷水に手を1分間つける)などが行われましたが、冠攣縮が誘発される率が低く、確定診断には冠動脈造影を行い、下記のアセチルコリン負荷を施行しなくてはなりません。また、以前にカテーテル治療が行われた患者様では治療後6-9ヶ月経過した時点で、治療部位が再び狭くなる再狭窄がないかチェックするために冠動脈造影が行われます。
2. 検査の手順
検査室に行く前に、病室で担当医により点滴が開始されます。手首または肘の動脈から検査が行われる患者様は車椅子にて検査室へお連れします。そけい部の動脈より検査が行われる患者様はストレッチャーと呼ばれる搬送機器にて横になった状態で検査室に行きます。検査室に入ったら、撮影台に横になっていただきます。胸に心電図の電極シールが貼られ、心電図のモニタリングが開始されます。
次に穿刺される動脈の部位により手首、肘またはそけい部のいずれかの消毒が行われます。他の部分は清潔な布で覆います。手首、肘またはそけい部の皮膚に局所麻酔の注射をした後、動脈の穿刺を行い、シースと呼ばれる細い管を入れ、冠動脈造影に使用されるカテーテルと呼ばれる細い管の入れ替えが容易にできるようにします。?線テレビの画面を見ながら、直径0.9mmのガイドワイヤーと呼ばれるウレタン樹脂でコーティングされている柔軟性のある金属線─心臓や血管を傷つけないように先端が特にやわらかくなっています─を先行させて、直径1.3mm(ときに2mm)のカテーテルを動脈の中へ入れ、大動脈の根元に持って行きます。ここで、ガイドワイヤーを抜去し、カテーテルの体外にある部分を手元で操作することでカテーテルの先端が冠動脈の入り口にくるように誘導して、カテーテルを通して冠動脈内に造影剤を注入します(右冠動脈ならびに左冠動脈は入り口が別なので、それぞれ専用のカテーテルを用いて別々に造影します)。同時に、X線撮影が行われ、冠動脈の連続写真が記録され映像として見ることができます(方向を変えて撮影しますので、それぞれ数回の撮影が行われます)。また、必要に応じて以下の検査を追加することがあります。
アセチルコリン負荷
冠動脈が一過性の痙攣(冠攣縮または冠動脈スパスム)を起こし冠動脈血流が悪くなり狭心症が起こることが疑われる患者様では、アセチルコリン負荷試験が追加されます。アセチルコリンを右冠動脈では20μgを冠動脈に注入し、冠攣縮が発生しない場合は50μgを注入します。左冠動脈では20μg注入し、冠攣縮が発生しない場合は50μg、これでも冠攣縮が誘発されない場合は100μgを注入します。冠攣縮が発生した場合は、狭心症の発作のときと同様な胸痛と心電図変化が見られます。アセチルコリンにより誘発された冠攣縮はその多くが一過性であります。冠攣縮が持続する場合はニトログリセリンを冠動脈内に注入し、冠攣縮の解除を行います。アセチルコリンを冠動脈に注入したときに一過性に心拍(脈拍)が遅くなることがあるので、肘(ときに頸部、鎖骨の下またはそけい部)の静脈より直径約1.5mmのペースメーカーのカテーテルを右心室に挿入し、心拍が遅くなったときにペースメーカーより電気を流して心拍数を保ちます(ペースメーカーのカテーテルは検査後に抜去するので体の中に異物は残りません)。また、アセチルコリン負荷を行うと心房細動となる患者様がいらっしゃいます。この場合は、正常な脈の状態(洞調律)にするために抗不整脈薬を用いることがあります。
血管内超音波検査
直径0.35mmの冠動脈用のガイドワイヤーを冠動脈内に入れて、これをガイドに超音波センサーのついた直径約1mmのやわらかい管を冠動脈の中に入れることで、超音波画像─冠動脈の断面像をリアルタイムに観察できます。冠動脈造影よりも血管内腔が正確に計測でき、冠動脈造影では分からない動脈硬化(プラーク)の量を測定することができます。また、以前にカテーテル治療が行われた患者様で治療後6-9ヶ月経過した時点で治療部位が再び狭くなる再狭窄がないかチェックするために冠動脈造影が行われる患者様において、再狭窄の有無をより確実に判定する時に血管内超音波検査が施行されることもあります。
冠動脈内圧・血流測定
圧力や血流を測定する特別なセンサーのついた直径約0.35mmのガイドワイヤーを冠動脈の中に入れ、冠動脈硬化による狭窄の程度を判定することがあります。
冠動脈狭窄があると心臓の動き(心機能)に影響がでることがあります。心臓は4つの部屋に分かれており、特に左心室と呼ばれる大動脈に直結した部分が全身に血液を送るのに一番重要な働きをしています。このために冠動脈造影終了後に左心室の機能を評価する検査を行います。これが左室造影検査です。まずは、ガイドワイヤーを先行させピッグテイルカテーテルと呼ばれる専用のカテーテルを左心室に挿入します。左心室にカテーテルが入ったところでガイドワイヤーを抜去して、左心室内の圧力の測定を行います(心機能が悪くなると収縮する直前の左心室の圧力が高くなります)。その後、左心室に造影剤を約30mL注入して左心室の動きを評価します(造影剤が入ったときに体が熱く感じることがありますが、一過性ですので心配いりません)。
冠動脈造影ならびに左室造影を行い、検査室に入ってから退出されるまでの時間はおおよそ1時間弱です(ただし、上記アセチルコリン負荷などが追加される場合は、これよりも長くなります)。
3. 検査の危険性と合併症
心臓カテーテル検査は1929年に始まり、冠動脈造影は1955年に開始されました。冠動脈造影ならびに左室造影検査は心臓の検査なので、リスクが全くないとは言えません。しかしながら、医療技術の進歩、特にカテーテルならびにガイドワイヤーの材質の改良、細いカテーテルでカテーテル検査が施行可能となったこと、カテーテル操作技術の進歩などにより、最近では合併症はきわめて少なくなりました。以下に一般的に知られている合併症を記載します。その次に千葉大学医学部附属病院におけるここ3年間の合併症の発症例(率)を示します。我々は、これらの合併症が起こらないように細心の注意を払い検査に努めています。また、これらの合併症が発生した場合はいずれも適切な処置をいたします。
一般的に知られている合併症
1) 死亡:冠動脈造影を受けられる患者さんの中には心臓の状態が非常に重篤なことがあり、死亡例も報告されています。一般的に0.02%未満の頻度(5,000人に1人未満)と報告されています。ただし、千葉大学医学部附属病院では約20年間冠動脈造影を行っていますが、冠動脈造影または左室造影により死亡された患者さんはいません。
2) 心筋梗塞の発生:冠動脈が閉塞して、心筋梗塞となることがあります。心筋梗塞となると最悪の場合、死に至ることもあります。心筋梗塞を発症した場合には、緊急で経皮的冠動脈形成術または冠動脈バイパス術を受けていただくこともあります。
3) 緊急冠動脈バイパス手術:冠動脈造影に伴う冠動脈の損傷のために冠動脈バイパス術を受けていただくことがあります。この場合は輸血が必要になることもあります。
4) 緊急経皮的冠動脈形成術:冠動脈造影に伴う冠動脈の損傷のために経皮的冠動脈形成術を受けていただくことがあります。
5) 塞栓症:動脈硬化は若い頃から徐々に進行し、ある程度の年齢となったときに病気として現れてきます。このために冠動脈に動脈硬化が疑われる患者様では、他の部位にも動脈硬化があり、冠動脈造影または左室造影を行うためにカテーテルを挿入していく過程でカテーテルが通過する部位の動脈にある動脈硬化のプラークがはがれて、血流に乗って他の臓器の血管をつまらせることがあります(それぞれの臓器に障害を与えます)。例えば、脳の動脈に起これば、脳塞栓症を発症し、麻痺が起こることがあります。また、特殊な塞栓症としてコレステロール塞栓症があります。これはコレステロールを多く含む動脈硬化のプラークが特に腎動脈や下肢の血管に塞栓症を起こし、検査より数日後に腎機能不全や下肢─特に足の指先に血流障害を引き起こすことがあります。そけい部からカテーテル検査を行い、検査後の臥床により下肢静脈に血の塊(血栓)を生じ、肺の血管に塞栓症(肺血栓塞栓症)を起こすこともあります。また、カテーテル内に少量の空気が混入することによる空気塞栓症が起こることもあります。
6) 血栓症:検査中はヘパリンという薬を用いて血の塊(血栓)ができないように予防しますが、まれに血栓ができて冠動脈を含めた動脈を閉塞して臓器の障害を引き起こすことがあります。これに対して、特殊なカテーテルを用いて血栓の吸引を行うこともあります。
7) 出血性合併症:冠動脈造影ならびに左室造影は動脈にカテーテルを入れます。動脈は圧力が高いので、出血が起こり得ます。検査中はヘパリンという薬を用いて血の塊(血栓)ができないように予防します。また、冠動脈造影を受ける患者様ではアスピリンなどの抗血小板薬を内服されている方も多く、これらの影響で出血性合併症が起こりやすくなります。出血性合併症は動脈穿刺部位(シース挿入部位)以外、カテーテルが通過する部位で起こることもあります。重篤な出血性合併症が発生した場合は止血のための手術や輸血を受けていただくこともあります。穿刺部の出血(血腫)により周りの組織を圧迫して悪影響をきたすことがあります。また、出血に対して輸血が必要となることもあります。
8) 心房・心室穿孔:ガイドワイヤーまたはカテーテルにより心臓に穴が開き、心臓の周りをつつむ心膜に血液が溜まり、これにより心臓から十分血液が拍出できない状態(心タンポナーデ)となることがあります。この場合は心膜の中(心嚢)に針を刺し、特殊なカテーテルを挿入し、血液を排出しなくてはなりません。これを行った後にも血液が再び溜まってくるならば開胸して穴をふさぐ手術をすることもあります。
9) 造影剤による合併症:造影剤も改良が重ねられ、合併症発生の頻度が減少しましたが、アレルギー反応や腎機能障害を引き起こすことがあります。アレルギー反応としては、皮膚の発疹、吐き気などから、アナフィラキシーと呼ばれる血圧低下や声門浮腫(のどにむくみが起こり呼吸困難となる状態)などが起こる重篤なものまであります。また、造影剤による一過性のせん妄状態(軽度や中等度の意識障害に、幻覚・錯覚や異常な行動を呈する状態)が起こることがあります。
10) 動脈解離または穿孔:ガイドワイヤーまたはカテーテルにより動脈の損傷を起こし、動脈に解離と呼ばれる亀裂ができ動脈が2層に裂けること(動脈解離)または動脈に穴が開くこと(動脈穿孔)があり、時に手術による修復が必要となることがあります。
11) 動静脈瘻:カテーテル挿入部の動脈と静脈に交通ができることがあります。これが動静脈瘻で、手術による修復術が必要となることもあります。
12) 穿刺部における仮性動脈瘤:動脈を穿刺した部位に動脈瘤が形成されることがあります。お腹の動脈にできる動脈瘤と比べて、破裂するリスクは大きくないとされていますが、これより末梢の動脈に塞栓症を起こすことや動脈瘤の周りの組織を圧迫し悪影響をきたすことがあります。まれに手術による修復が必要とされることもあります。
13) 穿刺部周辺の神経損傷:動脈を穿刺するときに血管と併走している神経を穿刺針にて損傷することがあります。また、穿刺部における出血または穿刺部の止血を目的とした圧迫により神経の圧迫損傷が起こることがあります。
14) 不整脈:カテーテルが心臓の壁に当たることやアセチルコリン負荷に伴い不整脈が発生することがあります。また、カテーテルによる冠動脈損傷による心筋虚血(心臓に十分な酸素・栄養が行かない状態)や造影剤による化学的な刺激などにより重篤な不整脈が起こることもあります。これらに対して、抗不整脈薬が使用されることがあります。また、重篤な不整脈では電気ショックにより不整脈の治療が行われることもあります。
15) 感染症または発熱:カテーテルを始め検査に使用する機器は滅菌と呼ばれる細菌が存在しない状態にしてあります。また、カテーテル挿入部位は消毒を行ってから手技を行いますが、まれに細菌による感染症または発熱が発生することがあります。
16) 心不全:心機能が低下した患者様では、造影剤を使用することが心臓の負担になり、心不全となることもあります。
17) カテーテルによる冠攣縮の誘発:冠攣縮が原因の狭心症で“ない”患者様においてもカテーテルの先端が冠動脈を刺激することで冠攣縮が誘発されることがあります(胸痛、心電図変化をともなうこともあります)。ほとんどの冠攣縮はニトログリセリンの投与とカテーテルを抜去することで解除されます。
18) 気胸:アセチルコリン負荷を行うために頸部または鎖骨の下の静脈より一時的なペースメーカーを入れるために静脈の穿刺を行う時に肺の周りの胸腔内に空気が入り、気胸(肺の周りの空気により肺が圧縮され、気胸となった肺の部位における酸素の取り込みが十分にできなくなる状態)となることがあります。これに対して、特殊な管を用いて肺の周りの空気を取り除くこともあります。
19) 僧帽弁逆流症:左室造影時に左室と左房の間の弁(僧帽弁)と左室とを結ぶ腱索に損傷を起こし、僧帽弁逆流症が発生することがあり、きわめて希ですが僧帽弁に対して手術が行われることも報告されています。
20) カテーテルの体内残存:血管の蛇行などにより、カテーテルの操作性が不良であるときなどにカテーテル手技に伴いカテーテルの一部が分離してしまうことやカテーテルの一部に結節(結び目)ができ、カテーテルの一部が体内から取り出せないこともあり得ますが、カテーテルの材質が改良された現在では希です。
21) 放射線による障害:カテーテル検査に伴う放射線による障害として報告されているものは皮膚障害です。ただし、これは経皮的冠動脈形成術時の報告がほとんどであり、冠動脈造影や左室造影などではきわめて希です。
22) その他:その他不測の合併症が起こることがあります。
検査前後の注意
1. 検査前
午前中に検査を受けられる患者様では朝食は取らないようにしていただきます。午後の検査の場合は昼食を取らないようにしていただきます。水分は取っていただいても結構です。内服薬の服用に関しては、指示がありますので、指示に従ってください。検査室へ行く前にはおトイレをお済ませてください。また、特に腎臓の機能が悪い方などでは、検査の数時間前から点滴を始めることがあります。
2. 検査後
検査が終了すると、カテーテルを抜いて刺入部位をバンソウコウで強めに圧迫して固定し、病室に戻ります。手首や肘の動脈よりカテーテル検査が行われた場合は、1時間ほどベッドの上で安静にしていただきます。点滴は終了したら針を抜きますので看護師に知らせてください。1時間後、水分を摂っていただき、吐き気などがなければ食事を取っていただきます。検査に使用した造影剤の排出を促進するために(腎臓の機能が悪化しないように)、できるだけ水分を多めに摂り、お小水をよく出すようにしてください。バンソウコウ固定は検査終了後4〜5時間後に止血の状態を確認してから取り外します(バンソウコウによる圧迫が強すぎて手に痛みがあるなどの症状がありましたら、担当医または看護師にお知らせください)。そけい部の動脈より検査が施行された場合は、カテーテル抜去後、バンドで固定し、約6時間ベッド上で安静となります。その後、止血の状態を確認してからバンドを取り外します。