1999年に改訂されたWHO組織分類(第3版)2)では、紡錐形細胞や巨細胞を含む肺癌を多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌として1つのグループにまとめた。この亜型として紡錘形細胞あるいは巨細胞を含む癌、癌肉腫、肺芽腫がある。紡錘形細胞あるいは巨細胞を含む癌は更に多形癌、紡錘細胞癌、巨細胞癌に分類される。
以下にWHO組織分類(第3版)の多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌の項を説明する。
多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌 Carcinoma with pleomorphic, sarcomatoid or sarcomatous elements
1)紡錐形細胞あるいは巨細胞を含む癌 Carcinoma with spindle and/or giant cells
紡錐形細胞あるいは巨細胞を含む非小細胞癌(即ち扁平上皮癌、腺癌あるいは大細胞癌)、または紡錐形細胞と巨細胞だけからなる非小細胞癌。紡錐形細胞あるいは巨細胞が少なくとも腫瘍全体の10%を占めていなくてはならない(図1,2)。
腫瘍が紡錐形細胞だけからなる大細胞癌。
ひとつの腫瘍の中に上皮性腫瘍細胞よりなる部分(癌腫)と非上皮性腫瘍細胞よりなる部分(肉腫)が混在している。肉腫は骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫などへの分化を示す(図3)。
3)肺芽腫 Pulmonary blastoma
上皮性成分と非上皮性成分よりなる。上皮性成分は明るい細胞質を有し、枝分かれした管腔を形成し、非上皮性成分は紡錐形をした未分化な間葉系細胞が疎に配列する。非上皮性成分は骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫への分化を示すことがある(図4)。
次に多形癌、癌肉腫、肺芽腫について詳しく説明する。
1.多形癌
多形癌は全肺腫瘍の0.3%に見られると報告されている3)。Fishbackらの78例の紡錘形細胞あるいは巨細胞を含む癌の検討によると、男性、高齢者、喫煙者に多く、中枢気管支に発生する場合と、末梢肺に発生することがあるが、末梢肺に発生する方が多い。82%が咳嗽、喀血、胸痛などの症状を呈し、18%の症例は無症状だが胸部レントゲン写真で異常を指摘された。上葉に病巣を認めるものが65%であった。組織学的には腺癌を含むものが45%、大細胞癌を含むものが25%、扁平上皮癌を含むものが8%であった。他の22%は紡錐形細胞だけ、巨細胞だけ、あるいはその両方よりなるものであった。上皮性成分が扁平上皮癌か腺癌かにより予後に差は無かった4)。
免疫染色で紡錐形細胞は非上皮性マーカーであるvimentinに染まり、限局性に上皮性マーカーであるkeratinにも染まる。actin, desmin, myosin, S-100蛋白などの肉腫への分化を示すマーカーには染まらない。
われわれは、多形癌におけるkeratinとvimentinの局在を見るために、免疫染色によりkeratinとvimentinの二重染色を行った。keratinはDABで発色したため褐色に染まり、vimentinはFast Blueで発色したため青色に染まる。核染はしていない。図5aは、管腔を形成する上皮性成分がkeratinに、紡錐形細胞がvimentinに染まる部分を示す。図5bは、上皮性成分がkeratinとvimentinの両方に染まる部分を示す。図5cは、紡錐形細胞がkeratinとvimentinの両方に染まる部分を示す。同一症例の中でもkeratinとvimentinの染色パターンは種々であった。この結果は、多形癌において、癌細胞が上皮と非上皮へ完全に分化している場合、光学顕微鏡的に上皮へ分化しているが非上皮への分化も示す場合、光学顕微鏡的に非上皮へ分化しているが上皮への分化も示す場合があることを示す。
Ki-67抗原、p53蛋白を発現している症例が少ないという報告があるが5)、われわれの検討した5例の多形癌では、Ki-67抗原標識率は20数%であり、一般の肺癌と比べて少なくはない。p53蛋白の発現は5例中3例にみられた。
組織発生に関しては、上皮性腫瘍と間葉系腫瘍が衝突した結果生じるという考え方と、multipotentialな幹細胞が上皮性成分と間葉系成分の両方への分化を示すという考え方があり、後者が一般的である。
2.癌肉腫
全肺腫瘍の0.1%に見られると報告されている3)。Kossらによると、男性、高齢者、喫煙者に多く、中枢気管支に発生する場合と、末梢肺に発生する場合があるが、末梢発生の方が多い。咳嗽、胸痛、喀血などの症状で発症し、約1/3の症例は無症状だが胸部レントゲン写真で異常を指摘された。胸部レントゲン写真では境界が鮮明な分葉状の腫瘤であることが多く、上葉に病巣を認めるものが60%であった6)。
上皮性成分と非上皮性成分は明瞭に区別される場合と、その違いが不明瞭な場合がある。上皮性成分として、扁平上皮癌が多く、続いて腺癌、腺扁平上皮癌が続く。非上皮性成分は未分化な紡錐形細胞で、一部に、骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫への分化を示す病変がみられる(図3)。しかし、明らかな骨、軟骨、横紋筋への分化を示す部分は少なく、多形癌との鑑別が難しい。転移巣には上皮性成分、非上皮性成分の一方、あるいは両方の成分がみられる。
免疫染色による癌肉腫と多形癌の鑑別を表1に示す。
上皮成分/非上皮成分でのkeratinの発現 | 異所性成分* | |
癌肉腫 | +/−〜+(通常−) | + |
多形癌 | +/−〜+(通常+) | − |
癌肉腫は非上皮性成分として異所性成分(骨、軟骨、横紋筋など)を有し、多形癌はこれを有しない。免疫染色で、keratinは癌肉腫、多形癌の上皮性成分に染まり、非上皮性成分には染まることと染まらないことがある。癌肉腫では染まらないことが多く、多形癌は染まることが多い。多形癌、癌肉腫のいずれも非上皮性成分がkeratinを発現することがあり、癌肉腫と多形癌は本質的には癌腫であり、間葉系への分化の程度が異なるために形態が異なる、という意見もある7-9)。
Kossらは、彼らが集めた癌肉腫とFishbackらの報告した多形癌の臨床像と予後を比較した。その結果、両者の間に腫瘍径、病期、発生部位、生存率には差が無かった。異なるのは、癌肉腫は扁平上皮癌を有する割合が高く、多形癌は腺癌を有する割合が高いことである6)。
癌肉腫と間違いやすい所見として、肉腫の肺転移巣があげられる。肉腫の肺転移で発育の遅いものは既存の細気管支や肺胞を取り囲み、これらの構造を残しながら増殖するため、癌肉腫と間違いやすい。しかし、肉腫の肺転移では管腔を構成する細胞の異型性が乏しく、癌肉腫では異型性が高度であるため、鑑別できる。
3.肺芽腫
全肺腫瘍の0.2-0.5%にみられると報告されている10,11)。肺芽腫は男女ほぼ同じ頻度で、子供から老人までいかなる年齢にも発症する。平均年齢は約40歳で、多形癌や癌肉腫よりも若い。肺芽腫は咳嗽、喀血、胸痛で発症することが多く、また、胸部レントゲン写真でたまたま発見されることもある。一般的に末梢肺に発生し、大きな腫瘍を形成する。しかし、1/4の症例は気管支内腔にポリープ状に発育する。
組織学的には枝分かれする管腔形成を示す上皮性成分と未分化な非上皮性成分よりなる。上皮性成分はグリコーゲンを有する明るい細胞質をもつ。非上皮性成分は比較的均一な楕円形あるいは紡錐形の核を有し、細胞質の乏しい多角形の細胞が疎に増殖している。非上皮性成分は部分的に軟骨、骨、脂肪、平滑筋、横紋筋への分化を示すことがある。上皮性成分、非上皮性成分はともに悪性で、転移巣にはどちらか一方あるいは両方の成分がみられる。この形態は胎児の肺に似ているため、肺芽腫と呼ばれる。
肺芽腫と癌肉腫の移行を示す腫瘍が報告されており12)、肺芽腫は癌肉腫や多形癌と近い関係にあると考えられる。
免疫染色で、上皮性分はkeratinなどの上皮性マーカーに染まり、非上皮性成分はvimentin、desmin、muscle-specific actinなどの非上皮性マーカーに染まる。しかし、vimentinが上皮性成分にも染まり、keratinが非上皮性成分にも染まったという報告もある13)。上皮性成分、非上皮性分ともに、多くがkeratinを発現し、一部はvimentinも共に発現しているとの報告もある14)。これらの結果はいずれの成分もpluripitentialな幹細胞が上皮性成分と非上皮性成分の両方に分化したという考えを支持する。
肺芽腫の上皮性分のみがみられ、非上皮性成分を欠く腫瘍を高分化胎児型腺癌well-differentiated fetal adenocarcinomaという。核上部または下部にグリコーゲンを有し、子宮内膜のような構造を示す。扁平上皮への分化を示す細胞が集合するmoruleが見られることが多い。免疫染色でmoruleは神経内分泌分化を示す15)。高分化胎児型腺癌の発生する年齢は幅広いが、高悪性度の高分化胎児型腺癌は高齢者に、低悪性度の高分化胎児型腺癌は中年に発生する16)。肺実質に発生することが多いが、気管支内腔にも発生する。高分化胎児型腺癌はWHO組織分類(第3版)では肺腺癌の亜型に分類されている。
遺伝子異常について
多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌の遺伝子異常に関する論文は少ない。K-ras遺伝子の突然変異は腺癌に比し少なく、免疫染色によるp53蛋白の発現は、多形癌は扁平上皮癌、腺癌に比べて弱い症例が多いと報告されている17)。
多形癌においてp53癌抑制遺伝子の変異は、Przygodzkiらによると22例中2例(9%)にみられ、扁平上皮癌、腺癌に比べて頻度が低い17)。しかし、Holstらによると、多形癌の9例中4例(44%)に、癌肉腫の3例中1例にみられた18)。Bodner and Kossによると肺芽腫の12例中5例(42%)にp53癌抑制遺伝子の変異がみられた19)。高分化胎児型腺癌にはp53癌抑制遺伝子の変異を認めない18,19)。
Holstらは、多形癌(9例)、癌肉腫(3例)、肺芽腫(7例)のp53癌抑制遺伝子の変異を、上皮性成分と非上皮性成分を別々に調べた。その結果、上皮性成分と非上皮性成分で同じp53癌抑制遺伝子の変異がみられたと報告している18)。
Kawanoらは多形癌4例で17pのLOHとp53癌抑制遺伝子の突然変異を検討した。1例において非上皮性成分にのみLOHを認め、他の1例においては非上皮性成分にのみexon 8に突然変異を認めた。1例は上皮成分、非上皮成分ともにexon 6に突然変異を認めた20)。
われわれは、肺芽腫と診断した症例の上皮性成分と非上皮性成分のp53癌抑制遺伝子の変異をSSCP法にて検討した。その結果、上皮性成分には変異を認めなかったが、非上皮性成分はexon 8に突然変異を認めた21)。
Dacicらは癌肉腫6例を上皮性成分と非上皮性成分にわけて、マイクロサテライトマーカー(1p, 3p, 5q, 9p, 10q, 17p)を用いたloss of heterozygosity (LOH)解析で検討した。その結果、2つの成分は共通のLOHを示すことが多く、一部で非上皮性成分にのみLOHを示す症例があった22)。
以上の報告より、非上皮性成分には上皮性成分にない新たな遺伝子変異が加わっており、非上皮性分は上皮性成分から発生したことが推測される。
予後に関して
多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌の予後は不良である。多形癌の5年生存率は12%で4)、癌肉腫の5年生存率は21.3%であると報告されている6)。Kossらの癌肉腫症例とFishbackらの多形癌の間に生存率に有意差はなく、多形癌は癌肉腫と同様に予後が悪い6)。肺芽腫の10年生存率は約10%であるが、高分化胎児型腺癌の予後は良好で、10年生存率は約80%である23)。
まとめ
大半の肺癌はHE標本で診断することができる。しかし、WHO組織分類(第3版)では、large cell neuroendocrine carcinomaなど、その診断に免疫染色が欠かせないものが含まれる。多形、肉腫様あるいは肉腫成分を含む癌も上皮性成分と非上皮性成分の鑑別に免疫染色が診断の補助に使われる。しかし、腫瘍細胞が紡錐形細胞からだけからなる場合、免疫染色で上皮性マーカーと非上皮性マーカーがともに染まれば、紡錘細胞癌と診断されるが、非上皮性マーカーしか染まらないと、肉腫との鑑別が困難である。また、癌肉腫の非上皮性分が上皮性マーカーにも染まることがあり、癌肉腫が多形癌とは異なる独立した疾患かどうか議論がある。将来、症例の研究が進み、この分類に関する問題が解決するかもしれない。
引用文献