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当教室は、昭和3年開講の教室で、75年以上もの間、千葉県における法医解剖の中心的役割を果たしてきております。教室員一同、今後も、その役割を果たしていくべく、日々解剖業務、研究、教育に励んでいるところであります。

ところで、法医解剖とは、何のためにあるのでしょうか?

たとえば、自分が属する小さな村で、一人の村民が川で傷だらけで死んでいたとします。このような場合、亡くなった方が、なぜ死んだのかを知りたくなるのが人間としての本能ではないでしょうか。トラなどと違って肉体的に弱いヒトという動物は、社会を形成し、その秩序を維持することで自己を守ってきたとされます。ある者が、何かが原因(例えば犯罪、流行病、災害)で死んだということは、自分が属する社会の中に自分にも振りかかってくるかもしれない危険が存在することを暗示しております。ですから、そうした危険を察知し排除することが、社会の安全、ひいては生きている者個々人の安全を守ることにつながります。法医解剖は、元来、そうした社会にとっての危険を察知する手段として存在しているのです。狂牛病が騒がれた時、牛の死因を明確にしようとする動きがありましたが、そうした社会的要請と法医解剖に対する社会的要請は同じものであるといえるでしょう。つまり、法医解剖は、死者の権利を守るために必要というよりも、むしろ、生きている者の権利を守るために必要なものであり、法医解剖を維持することは社会としての義務であるともいえます。ですから、法医解剖は、国などの一社会単位の責任のもとに、適正な運営費の管理のもと、十分に行われるべきものであり、実際、多くの国ではそのように運営されております。

では、日本の法医解剖は国などの一社会単位の責任下で、適正に運営されているのでしょうか。残念なことに日本の法医解剖はそのような扱いをうけて参りませんでした。大学における法医解剖は、あたかも大学の教育、研究教材として行っているかのように位置付けられ、行政がその費用や質の管理を積極的に行ってこなかったことが原因です。このような背景があったため、その運営責任者は、大学または鑑定人個人であるとされ、国等による責任ある運営がなされておりません。その結果、法医解剖の社会的ニーズは増加してきているのに、大学の人員・設備などのハード面では縮小傾向にあるという状態になってしまいました。さらに悪いことに、平成16年度の国立大学の法人化で、大学法医学教室の運営費の責任者が、文部科学省から切り離されてしまったので、法医解剖は国からの財政基盤を完全に失おうとしております。

日本において、犯罪や災害がなくなり、法医解剖に対する社会的要請がなくなったため、法医解剖がなくなっていく方向にあるとすれば、それは社会にとって喜ばしいことですし、法医解剖の扱いも、現在のような衰退方向で構わないでしょう。しかし、果たして実際はどうなのでしょうか?残念ながら、日本で発見される変死体や犯罪数は毎年増加しており、法医解剖への社会的要請は増えるばかりであります。

このような状況で、我々法医学者は、学者として何をなせばよいのでしょうか?その答えは、社会が法医学に何を要請しているのかという原点に立ち返れば自然とでてくるものと思われます。我々教室員一同は、そうした原点に立ち返り、今後も研究・教育そして業務をおこなっていこうと気持ちを新たにしているところであります。

当教室のHPをご覧になり、法医解剖を少しでもご理解いただけるようになれば、我々教室員一同、大変幸いに存じます。

千葉大学大学院医学研究院法医学教室
岩瀬 博太郎

 
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NPO法人について

千葉大学法医学教室は、CT検案によって、警察の検視業務に協力しています。

東京地裁の文書提出命令の決定に関して
(2005年6月24日)
解剖結果の開示に関する法的見解が東京地裁より出ました。


 

 
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©2006 Chiba University
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