Environment alters epigenome and causes cancer 当講座は千葉大学医学部で昭和42年に開設された生化学第二講座に端を発します。
平成25年に分子腫瘍学と改称し、癌エピゲノム研究を遂行しています。
研究紹介
【研究分野の概要】
 エピゲノムとはゲノムDNA塩基配列そのものではなくその修飾要素として細胞分裂の際に娘細胞に維持・伝達される情報のことで、発生・分化において遺伝子発現の制御に重要な役割を果たします。DNA塩基配列中のCpG配列におけるシトシン(C)のメチル化はその代表的なものです。ゲノムDNAは細胞核内にクロマチン構造として折り畳まれて収納されていますが、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームは、147塩基対のDNAがヒストン8量体の周囲に1.75回巻きついた構造です。このヒストンのN末端はヒストンテールと呼ばれ、アセチル化やメチル化など様々な修飾を受けて転写制御に大きく関わることが知られますが、これも代表的なエピゲノム修飾です。また、父方・母方の両アリルのうち、一方のアリルのみ選択的に発現する現象をゲノムインプリンティングと呼びますが、これもエピゲノム制御の一つです。正常な細胞ではこれらの情報による緻密な制御が行われており、その異常は癌の発生・進展に深く関与します。その研究が癌エピゲノミクスです。

研究リスト

エピゲノム異常と発がんリスク
エピゲノム異常に基づいた癌の層別化
癌におけるDNA異常メチル化の誘導機構とEBウイルス陽性胃癌
エピゲノム異常の診断への応用
癌防御機構である早期細胞老化におけるエピジェネティック制御機構の解明



エピゲノム異常と発がんリスク

ふだん父方アリルのみ発現しているIGF2遺伝子が、両方のアリルから発現するエピゲノム異常をIGF2遺伝子のゲノムインプリンティング消失(loss of imprinting, LOI)と言います(図A)。LOI陽性だと、腸管上皮前駆細胞がより未熟でしかも数が多くなるために腸管腫瘍リスクが高くなることを、マウスモデルを用いて証明しました。さらにLOI(+)細胞は、細胞増殖がIGF2刺激に鋭敏かつ依存的になっていることがわかりましたので、IGF受容体阻害剤を投与しIGF2シグナルを阻害しました。するとLOI(-)のふつうのマウスでは変化はなく、LOI(+)マウスでのみ、発癌剤による前癌病変の発生数が劇的に減少します(図B)。エピゲノム異常が発癌の早期、一見正常に見える細胞においてすでに蓄積して発癌リスクになることを初めて示し、また治療標的にもなり得ることを示しました。

図.IGF2遺伝子LOIと発癌リスク



エピゲノム異常に基づいた癌の層別化

大腸癌は高・中・低メチル化群の3群に分かれます(図)。高メチル化群は癌遺伝子BRAF変異(+)と、中メチル化群はKRAS変異(+)と相関し、低メチル化群はBRAF変異(-) KRAS変異(-)と相関します。大腸発癌には3つの大きな分子機構が存在するようです。
高メチル化群は、ミスマッチ修復遺伝子MLH1のメチル化を伴うため、マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability, MSI)を示す大腸癌症例群です。
隆起性腺腫は、KRAS変異を伴う中メチル化群と癌遺伝子変異を伴わない低メチル化群の2群に層別化されます。隆起性腺腫からadenoma-carcinoma sequence(腺腫-癌連関)により発癌する経路は、中・低メチル化群の大腸癌の前癌病変を成すと考えられます。すなわち、マイクロサテライト安定(microsatellite-stable, MSS)の大腸癌症例群の前癌病変ということになります。また、これらの異常の蓄積は大腸腺腫の段階でほぼ完成しています。

図.大腸癌のエピジェノタイプと癌遺伝子の相関



隆起性腺腫以外に、鋸歯状腺腫(serrated adenoma)や側方進展腫瘍(laterally spreading tumor, LST)などの平坦な腫瘍からも発癌します。鋸歯状腺腫の中でも無茎性鋸歯状腺腫(sessile serrated adenoma)と呼ばれるタイプの鋸歯状腺腫は、右側結腸に多く、高メチル化とBRAF変異を伴います。同じ特徴を持つBRAF変異(+)高メチル化大腸癌は、鋸歯状経路によりこれらの前癌病変から発癌すると考えられます。鋸歯状腺腫は高メチル化を示しますが、MLH1遺伝子のメチル化レベルはそれほど高くなく、MLH1蛋白の発現消失は一部の腺管にとどまります。実際遺伝子変異を解析すると、鋸歯状腺腫の段階ではあまり変異は多くありません。癌になると、MLH1遺伝子のメチル化レベルは上昇し、MLH1蛋白も消失して、マイクロサテライト不安定性とともに多くの遺伝子の変異を示します。多くのミスマッチ修復遺伝子もその変異遺伝子群には含まれ、メチル化により消失するMLH1だけでなく、多くのミスマッチ修復蛋白の破綻により高変異形質を獲得していると思われ、PI3K, WNT, TGF-βシグナル関連遺伝子の変異を有意に高頻度に認めます。がん遺伝子Ras/Rafの活性化による早期細胞老化において重要な役割を果たすBMPシグナルも高頻度に変異します。しかしMSS大腸癌で高頻度に認めるTP53変異は高メチル化大腸癌ではほとんど認めません(図)。

図.鋸歯状経路での高メチル化大腸癌発癌と高変異形質



これらの異なるエピジェノタイプは散発性大腸癌だけでなく遺伝性大腸癌にも存在します。胚細胞性APC変異を持つ家族性大腸ポリポーシス症例の腺腫・癌を同様にメチル化解析すると、鋸歯状経路発癌の特徴を持つBRAF変異(+)高メチル化群は存在せず、KRAS変異(+)および右側大腸と強く相関する中メチル化群と、癌遺伝子変異(-)および左側結腸と強く相関する低メチル化群の、少なくとも2群が存在すること、それぞれのエピジェノタイプから癌が発生し得ること、がわかります。これら異なる2群の腺腫・癌は、同一症例の大腸内にも発生することから、大腸には遺伝素因とは無関係な、環境要因が関与する2つ以上の発癌分子経路が存在することが示唆されます。

図.家族性大腸ポリポーシス症例のエピジェノタイプ



癌におけるDNA異常メチル化の誘導機構とEBウイルス陽性胃癌

DNAメチル化は癌抑制遺伝子を不活化する主要なメカニズムです。旧来は制限酵素を用いた限定的なゲノム解析で、いち早く胃癌のDNAメチル化標的遺伝子の大量同定や胃癌癌抑制遺伝子を報告しました(図A)。近年は、アレイなどを用いた網羅的なメチル化解析により、階層的クラスタリングによる癌分類が可能です。最も顕著に異常メチル化を認める超高メチル化胃癌は全てEBウイルス陽性胃癌です(図B)。EBウイルスを低メチル化胃癌細胞株に感染させることにより、EBウイルスが新規異常メチル化を誘導し遺伝子発現をサイレンシングさせることを証明しました。

図.胃癌のエピジェノタイプとEBウイルス感染


EBウイルスが胃上皮細胞に異常メチル化を誘導する分子機構にTET2発現低下が関与します。BARF0, LMP2AなどのEBウイルスゲノムから発現する因子、あるいは感染後に発現上昇するTET2を標的とするヒトmiRNAなどのホスト因子、によりTET2はmRNAレベルでも蛋白レベルでも顕著に発現低下します。TET2のヒドロキシメチル化標的領域は、EBウイルス感染後のDNA異常メチル化誘導領域と非常によく合致し、またTET2ノックダウン下にEBウイルスを感染するとそれまでメチル化しなかった領域までメチル化誘導が起きます。しかしTET2ノックダウン単独ではメチル化誘導は起きないことから、EBウイルス感染時には何等かのメチル化誘導機構が別に存在し、それに対するメチル化抵抗因子としてTET2は機能し、その発現低下が新規メチル化獲得に関与することを示唆します。

図.TET2発現低下による新規DNAメチル化獲得



エピゲノム異常の診断への応用

体内を循環する血液の血漿中には、癌細胞由来のDNAが、フリーDNAとして存在しています。採血してこのDNAを回収し、癌にのみ存在する異常を検出することによって、癌の存在診断が可能です。
高・中・低メチル化群のどの大腸癌症例でも異常メチル化しているマーカー遺伝子を用いて、異常メチル化の有無を指標に大腸癌の存在診断が可能か解析しました。PPP1R3CやEFHD1遺伝子のメチル化は、Stage Iなど早期の大腸癌であっても、高い感度で検出可能でした(図)。

図.血漿DNAにおける異常メチル化を利用した癌存在診断



癌防御機構である早期細胞老化におけるエピジェネティック制御機構の解明

大腸癌など多くの癌でRas, Rafなど癌遺伝子の活性化変異が認められますが、正常細胞では癌遺伝子変異が起きても、細胞は癌化を防ぐために細胞老化と呼ぶ不可逆的な増殖停止機構を持つため癌化しないことが知られています。もし細胞老化の重要な機構に異常が起きてしまうと、癌遺伝子変異による細胞老化を回避して癌化すると考えられます。細胞老化における遺伝子制御機構を理解することは癌を理解する上で極めて重要です。
例えばRas遺伝子変異による細胞老化では、活性化ヒストン修飾H3K4me3、不活化ヒストン修飾H3K27me3がダイナミックに変化します。発現とエピゲノム変化の統合解析により、Bmp2-Smad1シグナルにおける分泌蛋白Bmp2の発現上昇、阻害因子Smad6Nogの不活化が重要であることが浮かび上がりました(図)。Bmp2がH3K4me3獲得・H3K27me3消失により発現上昇する中、Bmp2-Smad1シグナルの阻害因子は反対にH3K4me3消失・H3K27me3獲得などにより不活化されるため、Bmp2-Smad1シグナルはoffの状態からonにスイッチされ、細胞の増殖停止に貢献します。

図.Ras-/Raf-誘導性早期細胞老化におけるエピゲノム変化
調和されたエピゲノム変化により癌化を防ぐ機構が制御されており、Raf遺伝子変異による細胞老化でもSmad6のプロモーターにおけるH3K27me3獲得がないなど少しの違いはありますが、Ras-/Raf-誘導性早期細胞老化において、重要なシグナルが調和的なエピゲノム変化により制御されて癌化防御機構が働いています。

図.調和的エピゲノム変化によるBmp2-Smad1シグナルの制御