留学寄稿

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アメリカ東海岸留学:コーネル大学

横山真隆(血管内皮・幹細胞基礎研究)

2014年春より米国ニューヨークのコーネル大学医学部 (Weill Cornell Medical College)に留学いたしております横山です。このたび同門会誌へ寄稿する機会を頂きましたので、僭越ながらこれまでの留学生活につきまして報告させて頂きたいと思います。

アメリカ>ニューヨーク>マンハッタン

コーネル大学医学部前
広大な敷地はなく通りに面した小さな入り口です。

コーネル大学は本学をカナダ国境近くのニューヨーク州北部イサカという小さな田舎町に置いています。当初私はその町を訪れるものだと思っていたのですが、小林教授から「医学部はマンハッタンにある」と教わり再度地図を調べ直したものでした。実際、医学部と薬学部は本学から離れたニューヨーク市マンハッタンの東部にあります。イーストリバーに沿って校舎と附属病院であるNew York Presbyterian Hospitalが立ち並んでおり、その対岸にある小さな島に私たち一家は暮らしております。

マンハッタンには山手線内と同等の面積に世界一の人口密度で人々が暮らしています。地下鉄やバスなどの公共交通機関が発達しているため、アメリカではとても珍しい自家用車を必要としないエリアです。ブロードウェイやタイムズスクエア、自由の女神像といった華やかなイメージがある一方、9.11テロ事件に見舞われた暗い近代史も世界中の人々によく知られているところです。また世界各国から多くの人が移入してきており、アメリカ人と呼べる人種が他の地域より相対的に少ないのもマンハッタンの特徴です。世界中の言語が飛び交い異なるアクセントの英語に苦戦することもありますが、逆に私たちの拙い英語にも辛抱強く耐えてくれているのだと思います。街の中はというと、綺麗とは程遠くあちらこちらで道路工事や建物の修繕を繰り返しており景観が優れている地域は実は非常に限られています。また住居費用・物価は日本より格段に高く金銭的な価値観に否が応でも晒されるので、居住するには適していないと思っている人も多いようです。それでも、行き交う人々はエネルギーに満ちあふれ(ている印象)マンハッタン南側や隣のブルックリンにある落ち着いた欧風様式の建築(だと思うんですが)などに接して気分転換できるので、物事に行き詰まった時でも再度スイッチを入れ直して(と自分に言い聞かせて)日々研究に勤しんでいます。

血管内皮細胞研究@Ansary Stem Cell Institute

Shahinのオフィスでの一枚
彼のモットーはオープンディスカッション。在室している限り、入り口のドアはいつも開放されています。とは言え、ちゃんとタイミングを見計らわないと、お互い気分を害する結果につながるわけで。

私は大学院生の頃より血管内皮細胞の基礎研究を行っていました。大学院生 活の後半から留学を考え始め色々な研究室の内容を気にかけていた中、ある日”Angiocrine Factor”という概念に目がとまりました。血管内皮細胞には血液の通路としての役割のみならず、様々な生理活性物質や生理活性因子を産生して周囲環境を調節していることが近年知られてきています。このような物質を Angiocrine Factorと名付け、臓器器官の発生分化・組織修復・臓器再生・腫瘍増殖など多くの生命事象に関与していることを報告してきたのがコーネル大学 Shahin Rafii教授らのグループでした。

現在私が所属しているのは、Rafii教授がDirectorを務めているコーネル大学内のAnsary Stem Cell Instituteです。当研究室は元在米イラン大使のAnsary夫妻の資金援助により設立され、昨年10周年を迎えました。現在は大学院生5人・ポスドク6人・実験助手3人のほか、ポスドクから独立したAssistant Professor 2人とそのメンバー数人、ラボから発足したベンチャー企業のメンバーで協力して研究しています。当研究室ではメンバーの専門分野がすべて異なっており、ある特定の分子についても様々な生命現象・病態モデルで横断的に検証してみることが常となっています。これに加えてRafii教授の「気になったら待っていられない」性格が大きく影響して、研究者はお互いに分担しあって検証を進めています。私はラボ内で唯一の医師であり、また循環器分野を専門にしている人も他にUCSFから来たポスドクが一人いるのみです。ですので、私の専門分野として心臓病モデルや虚血モデルの作成・評価系をたちあげて、ラボ内の研究者の手助けも行っています。私が研究している自らのテーマは、心筋分化における血管内皮細胞の役割・障害心筋再生における血管内皮細胞の潜在能力、そして日本から引き続き行っている血管内皮細胞p53の研究です。留学開始から約1年半たった現在いずれのテーマも入り口には入れたのですが、過去の研究者が既に進んだ道をたどりそうになっては引き返したり違う道に行っては行き止まりになったりして、まだ迷路から抜け出せそうにありません。

アメリカで研究をするということ

Rafii教授は血管内皮細胞・幹細胞領域では世界第一人者の一人です。 したがって、他の著名な研究者と討議する機会や論文・研究資金の査読を担当することがとても多いです。するとまだ未発表の最新情報も入って来るので、現在進行中のプロジェクトでも「違うメカニズムが関わっているんじゃないか」「こちらの方向性に乗り換えるべきだ」と思い始め、途中から全く異なる検証を進めるように指示したり3ヶ月以上のプロセスが無に帰すようなこともしばしばです。にもかかわらず「進行が遅い」とひどく落胆する有様にはもう笑うよりほかないのですが、それも大事な局面では過程よりも解明される結果を追い求めるアメリカの研究スタイルの表れだと思います。(ちなみに留学前は、アメリカでは失敗を責めずに褒めて伸ばすと聞いていましたが、例外もあるということを身をもって知りました。)

アメリカの基礎研究に接して日本との違いはたくさんありますが最も異なると思ったことは、未発表データでも積極的にディスカッションを行うことです。これには大きく二つの理由があると思います。一つ目は他の専門家に自らのアイデアを述べることで修正を加えていくためです。相談を受けた研究者も親身になって、他のラボのデータでもアイデアを提示します。その基盤となるのは世界中の論文データの記憶と個々人の解釈の蓄積です。これが全く不足していることに気付かされたことは私にとって衝撃でした。二つ目は研究者間のネットワークです。世界中で騒がれたSTAP事件についてScience誌が取り上げた論評の中でこう書かれていました。「結局は人が人を審査するものだ。」欧米では、研究室間の人の往来が盛んです。他施設に講演に招かれた演者は、たとえ1時間の発表でも朝から招待元の研究室を複数訪れそれぞれ1−2時間ほど現在進行中のプロジェクトを討議します。私たち研究者も各々自分の研究内容を簡潔に説明して意見を交わすため、最初は緊張しましたが慣れてきた最近では著名な研究者と知り合える貴重な時間だと思っています。この一連の経過の中で人のつながりが増えるとともに、似た領域の研究に触れるもしくは触れさせることが可能です。論文の査読者達は、少なくとも欧米間では、レビューの前からその内容を知っていることにつながるわけで、賛否両論ありますがこのような人事交流を大切にしています。私のいるコーネル大学医学部は隣にロックフェラー大学・スローンケッタリング癌センターがあり、3施設間でレクチャーの出席が可能なためほぼ毎日最先端の研究内容に接することができます。

最後に

海外留学と考えると、渡米前は希望と不安で先の生活が具体的に想像出来な いものでした。しかし1年も経つと、自分の実力が周知されて良くも悪くもバランスが取れてくるものです。安定した状況にホッと気を緩めると時間だけが 過ぎてしまいかねない、そんな危機感も感じてきます。述べましたように、Rafii教授というのは新規のアイデアを次々と投げ込んでくる人物です。反面、細かな検証作業や仮説が不発だった際の後処理には積極的には関与しないため、研究者自身の建設的な実験計画と継続性が直接的に結果に影響します。時に孤独感との戦いになりますが、これも今後研究を続けていくためのシュミレーションの場と捉えています。世界中の人たちはアメリカでのポジション獲得を目標にチャレンジしに来ています。日本人のように数年間だけの研究留学となると、しっかりとしたビジョンを説明できない限り価値ある研究に携われません。これから留学を考えている先生方には、留学によって何が変えられるか十分に検討した上で行き先を絞り込み、可能な限り研究環境をリサーチしてから決定されることをお勧め致します。

最後になりますが、このような留学を許可して頂いた小林教授はじめ医局員の皆様に感謝致しますとともに、引き続きのご指導ご鞭撻のほど心よりお願いしたいと存じます。

追記:ニューヨークには日本から心臓移植のためにコロンビア大学に来られる小児の患者さんがいます。術前からの入院、突然のドナー決定、通院リハビリ・心筋生検のための術後半年の居住など長いプロセスがあります。これを支援している団体があり、医学的関与はできないものの子供同士でふれあう時間を作るなどちょっとしたボランティアのお手伝いをしています。日本では目にすることのできない循環器患者の側面に触れる機会として、私自身にとっても貴重な時間です。