治療対象疾患

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膿胸、縦隔炎

膿胸

1.定義

肺が収められている体腔のことを胸腔といいます。この胸腔内に膿性液の貯留した状態が膿胸です。罹患期間が3ヶ月以内の場合を急性膿胸、3ヶ月以上の場合を慢性膿胸といいます。

2.原因

  1. 肺感染症由来
    肺炎や肺化膿症などの感染性呼吸器疾患由来で膿胸になる場合です。高齢者、糖尿病患者、ステロイド長期使用者など感染に対する抵抗力が弱い方に見られます。また肺結核由来の膿胸では慢性膿胸になる傾向が見られます。
  2. 外科手術後
    肺切除後に縫合不全により気管支瘻が発生して膿胸にいたるケースや、食道切除後の縫合不全から発生する場合があります。また心・肺・食道などの胸部手術だけではなく上腹部手術後にも膿胸が発生することがあります。
  3. 外傷性
  4. 食道穿孔
    義歯や内服薬の包みなど鋭利異物の誤嚥や、胃カメラによる穿孔などによって食道が穿孔し、膿胸にいたる場合があります。

3.病態

感染の初期には胸膜の炎症、胸水の貯留が見られます。炎症が遷延化するとかさぶたのような物質(フィブリン)が胸腔内に析出し、肺・胸膜全体を覆います。さらに慢性期になるとフィブリンによる被膜が形成され、次第に厚く、硬くなっていきます。この肥厚した被膜が肺の膨張を阻害し、胸壁全体を萎縮させます。

4.症状

発熱、胸痛、咳、呼吸困難感などの症状が表れます。慢性膿胸の場合は肥厚した被膜が肺の膨張を阻害するため、呼吸障害も顕著になります。

5.診断

まず胸部レントゲンによる胸水の貯留を確認することから始まります。次に胸腔穿刺にて胸水を採取し、膿性胸水が認められた場合、または胸水培養で細菌が検出された場合に膿胸と診断します。

6.治療

膿胸治療の原則は急性期に徹底的に治療を行うことにより、慢性膿胸への移行を阻止することにあります。

  1. 抗菌化学療法
    検出された細菌検査結果を考慮し、適切な抗生物質の投与を行います。
  2. 胸腔ドレナージ
    感染が活発となっている病巣部まで、細い管(ドレーン)を到達させて、細菌巣および膿性分泌物を対外に排出させることをドレナージ治療といいます。
    胸腔内へドレーンを挿入し、感染性の壊死物質・胸水を体外へ排出させるだけではなく、ドレーンを利用して定期的に胸腔内洗浄を行います。
  3. 外科療法
    フィブリンによる被膜が形成されてしまった場合には、肺が完全に膨張しないために膿胸腔が閉鎖されず、感染が遷延化してしまう恐れがあります。そこで膿胸腔を閉鎖するためにいくつかの外科治療が施行されています。どの手術を行うにしても、リスクの高い手術となります。術後の適切なドレナージ治療と頻回の胸腔洗浄を含めた全身管理が必要です。多くの症例は術後にICUへ入室します。

(a) 開窓術
肋骨を1、2本切除し、本来閉鎖腔である胸腔内を体外に開放します。一定期間ガーゼ交換を行って膿胸腔を清浄化し、その後に有茎筋皮弁または大網充填術を行って、膿胸腔を閉鎖する方法です。全身状態悪化例に対しても施行可能な術式ですが、治癒期間は長く、複数回の手術も必要になります。

(b) 肺剥皮術
肺表面や胸腔内に形成されたフィブリンによる被膜を外科的に剥離・切除し、肺を遊離させる術式です。これにより、肺の膨張を促し、膿胸腔を閉鎖させます。

(c) 胸膜肺切除術
胸壁胸膜・縦隔胸膜・横隔胸膜とともに肺全体を切除する術式です。肺切除術後に気管支瘻を合併した場合の膿胸では、肺全摘術だけを行う場合があります。

(d) 胸郭形成術
肺の拡張を期待せず、胸壁の形を外科的に形成し、膿胸腔を縮小・閉鎖させる方法です。

7.当科での膿胸に対する外科治療の取り組み

当科では1998年から2004年までの6年間で、13の膿胸症例に対して外科治療を試みています。感染を伴う手術であり、全身状態が悪い症例がほとんどであるため、他の胸部外科の手術と比べてリスクが高いといわれております。当科での生存率は76.9%です(10/13)。以下に当科で施行した症例を示します。

縦隔炎

1.定義

縦隔の場所は、前方は胸骨、後方は脊椎、両側に肺を隔てる胸膜(縦隔胸膜)、下方は横隔膜が位置する部位です。大まかに言えば左右の肺に挟まれた胸部の区域になります。この中には、心臓、大血管、気管、食道など重要な臓器が位置していますが、これらの諸臓器の間を埋める結合組織は比較的粗く、さまざまな炎症に弱い部分と考えられています。この部位の炎症を縦隔炎といいます。

2.原因

  1. 降下性壊死性縦隔炎
    抜歯後の感染や扁桃腺炎など口腔・頚部などの感染が縦隔へ波及するような形態をとる縦隔炎です。糖尿病を合併している方など感染に対する抵抗力が弱い患者さんに見られる傾向があります [1,2]。
  2. 食道穿孔に伴う場合
    異物の誤嚥、食物の通過に伴う損傷、胃カメラ等の医療器具による損傷、外傷、食道癌による穿孔がその原因となります。
  3. 気道損傷に伴う場合
    異物の誤嚥、外傷、癌の治療に伴うもの、気管支鏡の医療器具による損傷が原因となります。
  4. 気道、肺、胸膜の縦隔への波及。
  5. 結核等の感染症が原因となって慢性化する場合も見られます。

3.症状

発熱、顔面、頚部や胸壁の発赤、胸痛、胸部不快感、嘔気、呼吸困難感などが症状として知られています。感染が重症化した場合はショック症状(血圧低下、意識消失)が見られることもあります。

図1

4.診断

血液検査にて感染を示す項目(白血球数、CRP等)の上昇が見られます。胸部CTは診断には極めて有用で、縦隔炎の有無の判断のみならず、炎症の範囲を評価することも出来ます(画像1)。胸部レントゲン検査でも縦隔陰影の評価をすることは出来ますが、ある程度症状が進行しないとはっきりしない場合もあります。

5.治療

食道穿孔、気道損傷に伴う縦隔炎は保存的治療法で軽快することもありますが、降下性壊死性縦隔炎の場合は急速に
進行・悪化することがあるため、迅速な治療が重要になります。
まず、診断が付いたところで細菌感染を抑えるために抗生物質を開始します。次に炎症の広がり、進行の速さを判断し、以下に示す外科的治療法を行うかを検討します。

  1. 頚部ドレナージ(排膿)治療
    感染が活発となっている病巣部まで、細い管(ドレーン)を到達させて、細菌巣および膿性分泌物を対外に排出させることをドレナージ治療といいます。
    縦隔炎の範囲が頚部から上部縦隔にまでしか達していない場合は、頚部に切開を入れて、感染巣までドレーンを挿入し、排膿を促します。
  2. 開胸術による縦隔・胸腔ドレナージ治療
    縦隔炎の範囲が下部縦隔や後部縦隔にまで達している場合は、頚部からドレーンを挿入するだけでは治療の効果は十分ではありません。閉ざされた空間に細菌巣が定着してしまうと保存的治療による治癒は非常に難しくなってしまいます。
    そこで、胸部を切開し、縦隔感染巣へ横からアプローチしてドレナージ術を行います[2]。縦隔と肺との間の胸膜を切開・排膿し、感染巣を中心とした縦隔を徹底的に洗浄します。最後にドレーンを感染巣近傍部に留置して手術は終了です。術後も留置したドレーンを利用して洗浄を継続し、感染を沈静化させていきます。画像2は、術後写真です。胸腔内及び縦隔へ至るドレーンが複数本挿入されています。

図2

この治療は頚部ドレナージのみの治療と比べると侵襲的な治療ではありますが、重症の縦隔炎に対しては有効な方法です。近年では症例によっては胸腔胸を用いることによって、比較的低侵襲性の手術を行うこともあります。

6.当科での治療成績

急性縦隔炎の中でも降下性壊死性縦隔炎は急速に進行・悪化することが知られており、予後不良の疾患です[1,3,4]。しかし、近年では縦隔炎発生の早い段階から上記に示したような根治的な外科治療を行うことによって、多くの施設で高い生存率が報告されるようになって来ました。
当科においても、1991年から2003年までに10例の降下性壊死性縦隔炎の症例を経験しましたが、上記に示したような根治的な治療法を行うことによって、比較的高い生存率(80.0%)を示しております[2]。

参考文献
  1. Iyoda A, Yusa T, Fujisawa T et al. Descending necrotizing mediastinitis; report of a case. Surg Today 1999;29:1209-12
  2. Iwata T, Sekine Y, Shibuya K, et al. Early open thoracotomy and mediastinopleural irrigation for severe descending necrotizing mediastinitis. Eur J Cardiothorac Surg 2005;28:384-8
  3. Karnath B, Siddiqi A: Acute mediastinal widening. South Med J 2002;95:1222-5
  4. Perez A, Cueto G, Ciero R et al. Descending necrotizing mediastinitis results of medical surgical treatment in 17 cases. Gac Med Mex 2003;139:199-204