概要

本研究の目的

これまでの日本では、文系と理系の学問の壁が大きく、文系とされている心理学と理系とされている精神医学が、非常に近しい領域であったにも関わらず、うまく統合されてこなかったという背景が存在します。 そこで、本研究教育プログラムでは、千葉大学の(1)人文科学研究院の基礎心理学・実験心理学の研究、(2)教育学部の教育心理学・発達心理学の研究、(3)総合安全衛生管理機構の精神医学、そして、亥鼻の(4)医学研究院(5)社会精神保健教育センター(6)子どものこころの発達教育研究センターの精神医学・児童精神医学・犯罪心理学・臨床心理学の研究を、6つの部局を文理横断橋渡しする形での研究拠点を形成することを目的としています。





方向性

千葉大学には、社会精神保健教育研究センターが医学系の司法精神医学と文系の犯罪心理学をつなぎ、子どものこころの発達教育研究センターが医学系の児童精神医学と文系の臨床心理学をつなぐようにして立ち上がり、臨床系での文理横断橋渡し研究を行う素地が出来上がりつつあります。

本研究教育プログラムでは、基礎と応用の循環を意識し、『文理融合の研究』をさらに一歩進めた『文理横断の研究』に高めるため、知覚心理学・認知心理学・社会心理学的な基礎研究と、発達心理学・臨床心理学・精神医学的な観点で応用する発展的研究を6つの部局が1つの研究班として研究していきます。

国内で唯一となる、知覚心理学、認知心理学、社会心理学、発達心理学、教育心理学、犯罪心理学、臨床心理学、精神医学、児童精神医学という心理学・精神科学に関する全領域の基礎から応用までの心理学・精神科学に関して統一的に行える研究手法を共有し、幅広い年代のヒトを対象とした心理的な測定データをデータベース化し、人工知能で解析し、ヒトの心の健康を維持・向上させるようなシステムを開発し、国内外での独自性が強い大規模な心理精神科学に関する研究拠点の形成していく事を目指しています。

研究活動

文理横断での研究を推進する事が重要なため、マネジメント体制として研究班は、全体で1つの班としていますが、これまでの研究活動によって、人文科学グループ・教育学グループ・精神医学グループ・社会精神グループ・子どものこころグループの5つのグループに分けて研究活動を行っていきます。

この5つのグループが1つの班として活動できるように、研究パラダイムの共通化を行い、3年間を通じて、共通化した研究パラダイムに従ってデータ収集を行い、3年目に心理精神科学の研究拠点としての研究成果データベースを国内外に公表する事を目標としています。

1.人文科学グループ

このグループの役割は、健常成人を対象とする研究を行います。

知覚心理学・認知心理学・社会心理学に関する基礎研究を進め、他グループによる発達研究や臨床研究への展開を促進するため、基礎・発達・臨床分野のそれぞれで個別に検討されてきた研究テーマを統合するような研究パラダイムを提案・構築する事です。
ここでいう研究パラダイムとは、多様な実験対象者に対しても適応可能で、特定の心理・認知機能を計測することができる汎用的な実験システム、実験手法を指します。
その1つとして構想しているのが視点取得研究パラダイムです。
日常的に接する物体のCG画像を用いて、異分野での多様な課題の実施を可能とするような刺激セットを作成し、まずは、基礎心理学分野での物体認識課題に関して、実験課題、教示、反応取得方法を標準化し、研究を進めます。
そこで、健常成人、定型発達者内での課題遂行の成績とその個人差を調べることで、他分野研究における標準となるデータを提供する。その後に、発達分野、臨床分野での検討へと展開していきます。
さらに、同様の研究パラダイムを、心的時間特性に関して、集団認知に関して、そして、錯視・錯覚現象に関しても確立し、また、他の研究テーマへと発展させていきます。
こうした研究パラダイムを確立することで、共通の基盤に基づいて、健常成人に見られる個人差や多様性と、異なる発達段階にある対象者や様々な問題を抱える患者群に認められる諸特性の比較を可能にし、基礎発達臨床分野を横断した心理精神科学的連携に寄与することを目指します。

2.教育学グループ

このグループの役割は、健康な幼児や児童を対象とする研究を行います。

乳幼児期の自己制御が児童期以後の学業的・社会的適応に及ぼす影響の発達的プロセスを統合的に解明することを目的としています。
特に乳幼児期の認知的・情動的な自己制御の発達と家庭の子育て、就学前の保育・幼児教育の経験の有無やその質がどのように関連するかを横断的・縦断的に検討する事です。
第一に、就学前の保育・幼児教育施設の多様性を踏まえ,異なる幼稚園・保育所に通う幼児を対象に,小学1年までの縦断研究を実施します。
これにより、幼児期の自己制御が児童期の適応に及ぼす影響を、保育の質がどのように調整するかを明らかにします。
第二に、1-2歳児を対象に、保育・幼児教育経験の有無との質による自己制御を含む発達の違いを縦断的に検討します。これにより、幼児期初期の発達や適応に及ぼす保育・幼児教育経験の包括的な影響を明らかにします。
さらに、感情言及についての内容や頻度に関わるデータを採取するために、幼児・児童を対象とした横断的・縦断的観察を園・学校(一部家庭)にて行います。
2年間で、すべての観察データのプロトコル化を終了し、観察データ全体の整理と概観を行い、3年目には研究の総括を行います。

3.精神医学グループ

このグループの役割は、精神疾患の患者を対象とする研究を行います。

第一に、注意機能と血液中バイオマーカーの関連を明らかにする研究を行います。
本研究の目的は、統合失調症や成人期の注意欠陥多動性障害(ADHD)のような精神疾患に伴う注意障害における血清中GDNFの役割とそのバイオマーカーとしての可能性を探索してきており、今後、他の精神疾患における注意障害の病態を解明し治療法を開発することを目的としています。
第二に、健常者におけるパーソナリティ特性と遺伝子の関連に関する研究を行います。個人差と個人のパーソナリティ特性である「気質」(分裂気質、循環気質、粘着気質)の関連を検証し、明らかにすることを目的としています。
本グループでは、A) 注意機能と血液中バイオマーカーの関連研究として、気分障害(うつ病と双極性障害)における血清GDNF濃度と注意機能などの臨床症状との関連を検討します。
また、心理系分野で研究されている注意機能に関連する評価法やMRIなどの画像研究との共同研究を行います。
また、B) 健常者におけるパーソナリティ特性と遺伝子関連研究として、心理・教育系分野や犯罪心理学分野で研究されているパーソナリティ特性の評価法などを組み入れた研究計画を整備し、外部資金の獲得や健常被験者のリクルート体制を確立します。

4.社会精神グループ

このグループの役割は、触法者および触法少年を対象とする研究を行います。

千葉刑務所、宮城刑務所、黒羽刑務所、横浜刑務所における、受刑者のメンタルヘルスを中心とした再犯予防と認知に関する研究に加え、少年施設(茨城農芸学院、喜連川少年院)においても、提供される治療処遇について、Michiel de Vries Robbéと協力し、近年注目されている暴力リスクの保護要因評価ガイドラインアセスメントを重視した研究を行います。
触法者および触法少年の認知、感情の機能および治療処遇による変化について分析検討を行うとともに、再犯防止を目的としたリスク、ニーズの検討をストレングスの視点(保護要因)を含めた包括的な研究を実施するとともに、司法精神保健における適切なリスクアセスメントの視点を司法臨床従事者に広く提供していく予定です。
本グループは、刑事施設および少年施設において、治療処遇プログラム対象者の、認知、感情の機能の理解および治療による変化について分析検討を行います。
特に、神経認知機能、社会認知機能、神経生物学的指標を用いて調査します。
さらに、提供される治療処遇とアセスメントに関する検討を行います。
発達障害をもつ少年を有する施設での検討を行う準備があり、認知行動療法ベースの再犯防止プログラムの有益な提供の検討も予定しています。
同時に、司法精神保健における重要な視点である再犯リスクアセスメントにおいて、特に保護要因のアセスメントに着目し、感情統制や認知的側面に関する研究報告を行い、同時にワークショップの開催を積極的に進め、刑事施設、少年施設におけるリスクの理解とアセスメントの重要性について提供します。

5.子どものこころグループ

このグループの役割は、健康な幼児、児童、成人から精神疾患を有する患者、触法者などの幅広い対象者に関する知見や研究手法を、それぞれのグループで相互に共有できるようにつなげることを目指します。

千葉県教育委員会、鳥取県教育委員会などと連携し、小中学校での授業として行う子どもの不安の認知行動療法プログラム「勇者の旅」を推進し、その不安低減効果に関するデータベースを構築します。
日本不安症学会、日本認知・行動療法学会と連携し、不安障害(パニック症、社交不安症、強迫症)の認知行動療法、薬物療法に関する治療ガイドラインを作成し、それに基づく治療成績データを全国の医療機関から収集するためのデータベースを構築します。スマートフォンで患者さんと医療情報を共有するシステムを通じて、通院患者さんの毎月のうつ不安症状とQOL、医療費を含めた医療経済効果を示すデータベースを構築します。
また、子どもから大人までの発達障害の脳内メカニズムの解明と診断のためのバイオマーカーを脳画像、視線注視パターン、オキシトシン濃度、脳波等で探索し、認知行動療法等の治療による効果からその作用メカニズムを解明するためのデータベースを構築します。特に、総合安全衛生管理機構では、本学学生を対象にした研究を行います。
メンタルに問題を抱えている学生を早期発見し適切なサポートを提供するために精神疾患のスクリーニング目的の調査と治療的介入を行っていますが、そこで精神疾患が疑われた者や受診者の中から被験者のリクルートと治療を行います。
治療によりもたらされる変化については客観指標を用いて評価する目的で臨床指標と近赤外線分光法(Near-infrared spectroscopy; NIRS)により測定される脳血流とGazeFinder装置により測定される視線注視パターンの関係性を検討しています。
本グループでは、推進研究者、中核研究者として、健康な幼児、児童、成人から精神疾患を有する患者、触法者などの幅広い対象者に関する研究の相互交流を推進しています。精神疾患の発症予防や治療として、認知や行動に働きかける認知行動療法や学校現場での予防教育に関する研究を推進しており、高い有効性を示しているため、その普及の一環として、不安低減効果や治療効果、医療経済効果に関するデータベースを関係する小中学校、医療機関、患者さんとともに構築していきます。
また、その治療や有効性の判定には、患者のメンタルヘルスの状態を正確に把握する必要があります。特に子どもの場合、言語的な問題で大人以上に困難であることから、中核研究者の所属する認知情報技術部門では、検査に対する寛容性が低い子どもに対しても可能な、なるべく精神的負担を与えない非侵襲的手法による検査法を利用して、以下の脳科学研究を行っています。
1つ目は、精神疾患において生じる脳機能、形態、性状の異常や、認知行動療法による治療により正常化あるいは代償的に変化する脳部位を同定することにより、うつ、不安症などの精神疾患の脳神経回路における病理と発達障害傾向の与える影響や、認知行動療法の作用機序の解明、および治療効果予測のために、機能的MRI(fMRI)、形態学的MRI、拡散テンソル画像(DTI)、近赤外分光法(NIRS)による脳画像研究を行っています。
2つ目には自閉スペクトラム症にみられる社会的情報(顔の表情、動作など)に対する視線注視の時間の短縮、反復的な視覚パターンの注視や共同注視の欠如などの特徴と唾液中オキシトシン濃度を利用し、発達障害の早期診断補助装置の開発と、自閉スペクトラム傾向の視線注視パターンの特徴とうつ・不安や社会適応の関連性を行っています。
3つ目に神経発達症(いわゆる発達障害)の存在が疑われるケースにおいて、症状の改善や認知行動療法(Cognitive behavioral therapy; CBT)の治療効果を上げるための、自身の脳活動をリアルタイムにモニタリングしながらコントロールするニューロフィードバックの研究を行っています。
さらに、総合安全衛生管理機構では、本学の学生を対象とした自記式質問紙を用いた調査を行い、メンタルヘルスケアを要する学生を抽出して最適なサポートを提供するためのアセスメントを行います。そこで社交不安症、自閉スペクトラム症で治療的介入を必要とする学生及び健常学生から被験者をリクルートし、認知行動療法(CBT)と薬物療法や精神療法を中心とした通常の治療的介入(Treatment as usual; TAU)を行うことにより得られる変化をMRI画像、NIRS波形、GazeFinder、認知機能検査などを用いて明らかにします。
なお、CBTを行う群とTAUを行う群は無作為割付します。MRI画像の解析ではハーバード大学精神神経画像研究室、認知機能および神経心理学的検査と脳構造についての検討に際してはマサチューセッツ大学心理学教室と連携して最新の技術を取り入れて行います。