転写因子Tcf21の機能解析を通じた糖尿病腎症の機序解明

研究代表者 前澤 善朗  千葉大学 大学院医学研究院 講師

研究概略

糖尿病腎症は我が国の透析導入原因の40%以上を占める重要な病気です。超高齢社会の到来に伴い糖尿病患者の数も増加し、多くの患者さんが糖尿病による腎障害に苦しんでいます。一方、根本的な治療法がまだ存在しないことから、糖尿病腎症の機序を解明することは重要な課題です。

TCF21は、胎生期においてネフロンのプロジェニターであるCap mesenchyme、ポドサイトおよび間質細胞に発現しています。また肺、心臓、生殖器などにも発現し、臓器発生のmaster regulatorとして知られています。病気との関連では、肺癌など多くの癌において、TCF21プロモータ領域の高メチル化が見られ、メチル化が多いと予後が悪いなどバイオマーカーとしても注目されている遺伝子です。

我々は、色々な発生段階でこのTcf21 を欠損するマウスを用い、腎発生と糖尿病腎症における役割を検討しています。普通のTcf21KOマウスでは腎臓と肺が非常に小さく心外膜に出血が見られます。また、ネフロンのプロジェニターでTcf21をKOするマウス(CapTcf21マウス)、間質細胞でTcf21をKOするマウス(StrTcf21)を作成したところ、CapTcf21マウスでは糸球体の形成不全、StrTcf21マウスでは集合管の分岐障害により髄質の低形成と尿崩症をきたして多尿を呈し、すなわちネフロンプロジェニターのTcf21は糸球体発生を、間質のTcf21は集合管発生を制御することがわかりました。さらに、ポドサイト特異的にTcf21をKOすると、尿蛋白が出やすく糖尿病腎症にもなりやすいことから、Tcf21は糖尿病性腎症には保護的に働くことがわかっています。

このTcf21をターゲットとした治療が糖尿病における腎障害を軽減するのではないかと治療開発も見据えた研究を進めています。

普通のTcf21ノックアウトマウスでは臓器発生が障害される

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ポドサイトでTcf21をKOすると糸球体傷害が起こる

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Tcf21 KOでは糖尿病性腎症も増悪する

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本研究の展望 / 臨床応用に向けて

前澤 善朗(研究代表者)
糖尿病腎症の治療においては、根本的な治療法がないこと、発症進展の指標となる適切なバイオマーカーがないことが大きな障壁となっています。Tcf21は癌のバイオマーカーとして期待されているほか、ゲノムワイド関連解析において冠動脈疾患のリスクアリールであることが報告されています。我々はTcf21関連のマーカーが、糖尿病腎症の進展を予測するバイオマーカーになるのではないか、あるいはTcf21をターゲットとした治療で糖尿病腎症の進展を阻止できるのではないかと考え、研究を進めています。

横手 幸太郎(千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授)
糖尿病は、心臓や血管、腎臓などの病気を伴いやすいだけでなく、ある種のがんを増やすと考えられています。しかし、これら疾患の関連性や背後に潜むメカニズムは、まだまだ分からないことだらけです。前澤先生は、Tcf21という転写因子と取り巻くシグナルの解析を通じて、生体の恒常性や糖尿病合併症の病態を明らかにしようとしています。新たな発見が楽しみです。

関連リンク

KAKENサイト「転写因子Tcf21の機能解析を通じた腎線維化の病態解明」