留学寄稿

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スイス留学:チューリッヒ大学

加藤賢(たこつぼ心筋症ラボ)

私は、2017年1月より、スイスのチューリッヒにありますUniversitätsSpital Zürich (チューリッヒ大学病院)に留学しており、現在10ヶ月が経過しました。この度、留学記寄稿という大変貴重な機会を頂きましたので、僭越ながら私の留学の経緯及び留学先施設の紹介をさせて頂きたいと存じます。

留学先選び

私の留学先選びの唯一の基準は、大学院生の間に開始した「たこつぼ症候群」に関する臨床研究を継続・発展させられる場所、というものでした。大学院生の間は、国際学会の度に似たようなテーマの研究を行なっている各国の研究者のもとに足を運び、恐る恐る話しかけながら留学のチャンスを窺っていました。ただ世界を見渡してもたこつぼ症候群を主な研究テーマとしている研究者は多くなく、留学生を受け入れられる施設はなかなか見つかりませんでした。「たこつぼ」で留学するのは難しいか、とやや弱気になっていた矢先、2016年3月の日本循環器学会学術集会において、幸運にも現在の上司であるProf. Christian Templinとお話しする機会を得、チューリッヒ大学病院への留学を快諾して頂きました。Prof. Christian Templinは世界初のたこつぼ症候群の多国間多施設レジストリー (InterTAK Registry) を主催し、その成果をNew England Journal of Medicine誌に発表した、たこつぼ症候群の世界で現在最も勢いのある研究者の一人です。できるだけ早く研究を始めるため、直ぐにスイス留学のための様々な手続きを開始しました。スイスの移民局や大学病院の事務方とのやりとりなど、手続きは煩雑を極めましたが、ドイツに留学されたご経験のある近藤祐介先生にもご助言を頂きながら、なんとか留学開始にこぎつけることができました。

チューリッヒ大学病院について

このカテ室で世界初の冠動脈に対するカテーテル治療が行われました。

私が所属しているチューリッヒ大学病院は、スイス最大の都市であるチューリッヒ市の中心部に位置しており、約950床を有する地域最大の病院です。アインシュタインをはじめ多数のノーベル賞受賞者を輩出しているチューリッヒ工科大学 (ETH) に隣接しています。循環器内科としては、1977年にDr. Andreas Gruentzigが世界初のカテーテルによる冠動脈形成術を行った場所としても有名で、現在も年間1400件の冠動脈カテーテル治療が行われています。慢性完全閉塞病変 (CTO) のカテーテル治療に関してはこちらでも日本の技術が高く評価されており、春頃には日本から術者が招聘されてLiveが行われていました。またEuropean Heart Journal誌のEditor-in-ChiefであるProf. Thomas F. Lüscherや、ヨーロッパ心不全学会のPresidentであるProf. Frank Ruschitzka等、世界的にも高名な医師が各分野の診療を行っています。弁膜症に対するカテーテル治療に関しては、Prof. Francesco Maisanoを中心とした心臓外科チームが担当しており、最新のデバイスを使用した治療を行っています。救急医療も盛んに行われており、私のオフィスの真横にあるヘリポートには頻繁にドクターヘリが発着しています。病院全体で見ると日本人医師も比較的多く、千葉大学からだけでも、現在私以外に皮膚科、アレルギー膠原病内科の先生方が留学生活を送っていらっしゃっています。

研究について

チームのメンバーと研究室にて。
所狭しと並んでいる大量のバインダーにInterTAK Registryの全データが保管されています。

私はProf. Christian Templinが率いるたこつぼ症候群研究の専門チームに所属し、リサーチフェローとして主に前述したInterTAK Registryのデータを使用したサブ解析や論文の執筆、査読等を行っています。また放射線科のフェローと協力しながら、大学院での経験を活かし心臓MRIの解析も行っています。チームには現在、私の他にドイツ人医師1名、イタリア人医師2名に加え、数名のドイツ人、スイス人の学生が所属しています。こちらの学生達は卒業のためにthesisが必要であり、日本の学生と比較するとかなり深く研究に関わっています。Prof. Christian Templinは臨床医としてはカテーテル治療を専門にしていますが、研究に関してはたこつぼ症候群の病態解明・治療法確立を目標に、画像、バイオマーカー、遺伝子など、様々な側面からアプローチしています。多数のプロジェクトが同時進行で行われていますが、プロジェクトごとにその分野を得意とする様々な大学と国を越えて連携しているのが印象的です。私の研究室は病院の最上階にあり、ここにレジストリーの全データが保管されています。仕事に疲れたときには、バルコニーからアルプスの山々を見て英気を養っています。

スイスでの生活について

スイス連邦は、永世中立国であり、ヨーロッパにありながら欧州連合には加盟していません。その中立性から多くの国際機関の本部が置かれています。総人口は787万人と東京23区より少ないですが、金融、電力、観光、精密機械、化学薬品などの産業は高度に発達しており、国民一人当たりのGDPは世界トップクラスです。国民皆保険が達成され、私たちのような短期滞在者も含め医療保険への加入が義務付けられています。医療水準は高く、平均余命は日本と世界一を争っています。

私が住んでいるチューリッヒ市は、スイス最大の都市です。とはいえ人口は39万人と、千葉市の半分以下です。近代的な高層ビルはほとんどなく、中世の教会や建物が多く残っています。物価は世界最高水準であり、特に外食が高い印象です。日本で馴染みのカフェやハンバーガーチェーンでも、日本の2〜3倍の価格設定になっています。その分、給与水準も非常に高いようで、地元の人々からは豊かな生活を送っている余裕が感じられ、高級車が当たり前のように走っている光景を目にすることができます。治安はとてもよく、我々のような子育て世代としては安心して生活できる都市と言えます。スイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語があり、チューリッヒはドイツ語圏に属しています。そのため、病院や街中でも基本的にドイツ語の表記しかありません。ただし多くの人、特に若い人はほとんどの人が英語を話せるので、さほど生活に困ることはありません。また病院関係者以外にも、ETHへの留学生や、企業の駐在員の方、スイス人と結婚された方等、日本人はそれなりの人数の方が住んでおり、折に触れてそれらの方々と情報交換をしています。スイスはヨーロッパの中央に位置しており、北はドイツ、西はフランス、南はイタリア、東はオーストリアに接しています。そのため、ヨーロッパの様々な国々へ鉄道や飛行機で簡単に行くことができます。週末を利用して家族と一緒にこれらの国々を訪れるなど、家族にとっても大変有意義な時間を過ごすことができるのも、スイス留学の醍醐味の一つと言えるのではないでしょうか。

おわりに

私は君津中央病院、千葉県救急医療センターでの後期研修中に、幸運にもたこつぼ症候群という、自分の探究心・好奇心をこの上なく刺激するテーマに巡り会うことができました。大学院でもひたすらにたこつぼ症候群を追究し、今こうしてチューリッヒにて、同じ目標を持つ仲間たちと研究を行う機会を得ることができました。ただ留学はあくまで通過点に過ぎません。帰国後、日本から世界へ、”takotsubo syndrome”の新たな知見を発信するため、この留学での貴重な経験を存分に活かして研究を継続したいと思っています。私の駄文が、医局の後輩の将来設計に少しでも寄与できれば幸いです。

未熟な私に十分な臨床の機会を与えて頂き、たこつぼ症候群との出会いのきっかけを作って頂いた、君津中央病院、千葉県救急医療センターの先生方、大学院時代、私のわがままな研究計画に快くご協力・ご指導をいただいた医局、同門の先生方、常に親身になって相談に乗って頂き、力強く背中を押して下さった小林劤夫先生に心から感謝申し上げます。そして、いつも私のたこつぼ症候群に関する止めどない妄想話に付き合ってくれて、最高に楽しい大学院時代を一緒に過ごした冠動脈疾患治療部の同期達に、この場を借りて御礼申し上げます。