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千葉大学法医学教室 年次報告 2012年

 

はじめに

 千葉大学法医学教室は、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、DNA型鑑定、歯牙鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。

 異状死体の場合、死因及び死因の種類は、もとより周辺の調査と医学的調査が両輪となって決定すべきものであり、わが国の制度下では形式上検案する医師が死因及び死因の種類を死体検案書に記載することになっているとは言え、確実な証拠に基づいた死因の判断は不可能な状況であるため、言うなればだれも死因等を決めていないというのが偽りならざるところである。したがって、この報告にある死因及び死因の種類も、十分な周辺情報を得られないまま主に医学的観点から推定しているものであり、英米系のコロナーもしくはメディカル・エグザミナーといった死因決定機関、あるいは死因決定に責任を持つ欧州の法医学研究所の報告とはまったく次元が異なるものであることを留意していただきたい。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。しかしながら、わが国の現状をみると、必ずしもそうした情報が集積されておらず、法医学が社会に還元されるという水準に達していない。私たちが死因究明等に係る情報を社会に提供することによって、直接多くの方々に現状を知ってもらうと同時に、こうした議論を喚起しわが国の死因究明等に係る制度の向上に資していければ幸いである。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当教室で解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待(この年次には該当なし)、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2012年の千葉県の人口は約620万人、同年中の死亡者数は約53,200人、警察の死体取扱数は8,398体(刑事8158体、交通240体)、千葉県下の解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が391体(刑事336体、交通58体)、それに千葉海上保安部5体、千葉地方検察2体で、司法解剖総数は398体、承諾解剖(行政解剖)の9体を加えると法医解剖数407体であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.77%だった。

 一方、2012年に当教室において、344体の司法解剖、9体の承諾解剖(行政解剖)の合計353体の法医解剖を行い、別途17体についてCT検案を行った。司法解剖のうち、292体が千葉県警刑事部、42体が交通部、5体が千葉海上保安部、2体が千葉地方検察、3体が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものであり、CT検案のうち16体は千葉県から、1体は東京都から依頼されたものだった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液型検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。

 また、身元確認等の関係では、歯牙鑑定2件、DNA型鑑定1件を実施した。

 

司法解剖

表1 日本人以外の国籍だった遺体は6か国9体だった。

表2 死因の種類でみると、内因死が71体で20.6%、不慮の事故が125体で36.3%、自殺が56体で16.3%、他殺が22体で6.4%、不詳の外因が20体で5.8%、不詳の死が50体で14.5%だった。男女別でみると、男性が女性の約2.5倍だったが、他殺については女性が男性を上回った。

表3、4 年齢別でみると、総数で55歳~84歳が全体の51.4%を占める一方、自殺については、50歳前後がピークだった。月別の死因の種類についてはかなり平均化しており、有意な差異は見いだせなかった。

表5、6 内因死については様々な疾患に分かれ、一般の死因統計と顕著な差異は少ないが、心疾患など突然死の所見が見られる疾患が多かった。5件ではあるが、低栄養(餓死)も特徴的だった。年齢別では、65歳から84歳が全体の47.9%を占めた。

表7、8 不慮の事故については、火災等によるものが第一位、交通事故が第二位であり、東京都監察医務院における順位(第一位が転倒・転落、第二位が窒息)との差が出た。年齢別では55歳~84歳が過半を占めた。

表9、10 自殺の手段については、縊死、溺死が多かったが、これも東京都監察医務院と比較すると、縊死が医務院64%に対して当教室は32%、飛び降りは医務院16%に対し、当教室2%と差が目立った。この点は解剖率の多寡が影響している可能性がある。

表11、12 他殺の手段については、かなりまちまちだった。一般にわが国では、絞殺と刺殺が上位にあると言われているが、当教室では撲殺・鈍器殺もほぼ同じ割合だった。女性が多かったことも含め、母数が小さいため有意な解釈は困難である。

 

承諾解剖(行政解剖)

 全9体とも男性、年齢は最高88歳、最低38歳、平均62.1歳だった。死因の種類は内因死が6、不慮の事故が1、不詳の死が2だった。

 

CT検案

 全17体のうち男性が14、女性が3、年齢は最高86歳、最低33歳で2体が不詳、平均は69.7歳だった。うち死因が推定できたものは2体(刺殺、大動脈瘤破裂)、可能性が示唆されたもの7体(すべて内因死)、推定不能が8体だった。

 なお、CTについては、司法解剖、承諾解剖の全遺体について解剖前に検査を実施している。

 

歯牙鑑定等

 千葉県警からの嘱託により、歯牙鑑定2件を実施し、身元の特定にあたった。また、DNA型鑑定1件を行い、個人識別に資した。なお、公式に依頼を受けたもの以外でも、多くの遺体について、歯科所見の採取やDNA型の検査を行っている。