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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2014年

 

はじめに

 千葉大学法医学教室は、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、DNA型鑑定、歯牙鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 本年度の特徴は、解剖数の大きな減少だった。千葉大で行われた司法解剖は、近年増加の一途をたどってきたが、本年については前年から33体の減少で309体。行政解剖(承諾解剖)は前年から4体減少の10体。減少の原因は不詳だが、一つの要因として、警察取扱死体数の減少が関係しているのではないかと考えられる。死亡者数も独居老人数も増加するなか、本来異状がある死体として警察に届け出られる死が減少するとは考えられず、2年連続減少の原因を明らかにし、何らかの是正策がとられるべきである。他方、死因・身元調査法に基づく解剖(通称:新法解剖)は前年から6体増加し16体となったが、これも千葉県の予算措置が変わらなければ増加する見込みは薄い。

 平成26年6月に、「死因究明等推進計画」が閣議決定され、実行に移されているが、この計画自体、ほとんど新味に乏しい従来の施策の羅列であるばかりでなく、各都道府県で設置されるはずの「死因究明等推進会議」も1年以上経過しても千葉県を含むほとんどの県で立ち上げすらされていないなど、死因究明を取り巻く状況は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当教室で解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。さらに本年から、主に母親が子を高所から転落死させた後に自殺するという事態を統計の上でも明確する意図で、「転落殺」という項目を設けた。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2014年の千葉県の人口は約624万人、同年中の死亡者数は53,970人、警察の死体取扱数は7,563体(前年比4.0%減)(刑事7,334体、交通229体)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が329体(前年比17%減)(刑事293体、交通36体)、それに千葉海上保安部2体、千葉地方検察3体、陸上自衛隊1体で、司法解剖総数は335体、行政解剖(承諾解剖)の10体、死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)16体を加えると法医解剖数361体であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.67%だった。前年と比較すると、法医解剖数は64体(15.1%)の大幅な減少だった。

 一方、2013年に当教室において、309体の司法解剖、10 体の行政解剖(承諾解剖)、16体の死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)の合計335体の法医解剖(前年比31体、9.2%減)を行い、別途15 体についてCT検案を行った。司法解剖のうち、270体が千葉県警刑事部、33体が交通部、2体が千葉地方検察、2体が千葉海上保安部、1体が茨城県警、1体が陸上自衛隊からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものであり、CT検案のうち3体は行政解剖制度に基づくものであり、12体は死因・身元調査法(新法)に基づく検査だった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液型検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。薬毒物検査については、東京大学との連携協定により、東京大学で行った法医解剖に係る薬毒物検査の一部を千葉大学において実施している。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、DNA型鑑定については、警察庁が原則として科学捜査研究所で行うとしたため、千葉県警察からの鑑定依頼はなかった。

 臨床法医学については、本格的実施2年目を向かえ、千葉県及び千葉市の児童相談所、千葉地検および千葉県警等から計19件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答で協力を行った。

 

司法解剖

表1 日本以外の国籍だった遺体は5か国7体だった。

表2 死因の種類でみると、内因死が64体で21%、不慮の事故が101体で33%、自殺が34体で11%、他殺が31体で10%、不詳の外因が19体で6%、不詳の死が60体で19%だった。男女別でみると、男性が女性の約2.3倍だった。他殺は男女の数がほぼ同数だが、他の種類はいずれも男性が女性を大きく上回っている。

表3、4 年齢別でみると、総数で55歳以上が全体の62%を占め、平均は57歳だった。種類別の平均年齢は他殺が最も低く40歳だった。これは、嬰児や子どもの被害者が多かったことに因る。月別の死因の種類については平均化しており、有意な差異は見いだせなかったが、4月、7月、8月の解剖数の少なさが目立った。

表5、6 内因死については様々な疾患に分かれ、一般の死因統計と顕著な差異は少なく、4大死因と言われる悪性新生物(癌)、心疾患、肺炎、脳血管疾患が、ここでも全体の58%を占めた。年齢別では、65歳以上が全体の過半を占めたが、35歳から54歳のなかにも、心疾患や脳血管疾患による突然死がみられた。

表7、8 不慮の事故については、前年、前々年第一位だった火災が二位になり、かわって交通事故が第一位となった。次いで転倒・転落、中毒・有害物質、溺死と続く。「その他」のなかには、熱中症、低体温症、他に分類されない労働災害がある。年齢別では65歳以上が過半を占めた。中毒・有害物質のなかの2件は、社会問題になった危険ドラッグによるもの、あるいはその疑いがあるものだった。1件ではα-PVP(pyrrolidinovalerophenone)が、もう1件では25I-NBOMeが検出された。他にも2件で状況から危険ドラッグの使用が疑われたが推定には至らなかった。

表9、10 自殺の手段については、縊死が第一位で、前年一位の溺死が第二位、中毒・有害物質が第三位だった。年練別では、例年よりも高齢者の自殺が目立った。

表11、12 他殺の手段については、前年同様、撲殺・鈍器殺が第一位、刺殺が第二位だった。今年初めて項目化した転落殺は、母が子を高所から落下させ、その後に自らも身を投げるという無理心中の事案である。本年、その事件は2件だった。それを含め、7件9人の無理心中による被害があった。本年の他殺の年齢に関しては各層に広がっている。

不詳の外因19体中、11体の直接死因が溺死、2体が焼死だった。他の6体も直接死因は推定されるものの、自他殺あるいは事故の分類ができないものだった。

不詳の死60体中、51体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。8体は急死の疑いがあるものの死因を推定できないもの、あるいは内因、外因の判断ができないもの、例えば、入浴中の溺死だが、原死因が不明のものなどであった。

本年の刑事施設内での死亡事案は3件。いずれも警察署内の施設に勾留中のもので、死因の種類は、自殺、内因死、不詳の死だった。

本年は18歳未満の子どもの死亡事案が合計15件あり、そのうちの内因死が1、不慮の事故が1、他殺が8、不詳の死が4と、他殺の数が目立った(前年は4)。他殺のうち、先に述べた転落殺が2件4人、練炭による無理心中が1、母による絞殺(自殺企図だったが母は死にきれず)が1、虐待が2でいずれも実父によるものだった。不詳の死のうち3体は嬰児が白骨化または高度腐敗したものだった。

 

行政解剖(承諾解剖)

 10体のうち、7 体が男性、3体が女性、年齢は最高80歳、最低は21歳、平均51歳だった。死因の種類は内因死が8、不慮の事故が1、不詳が1であり、内因死のうち5件が心疾患だった。

 

死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)

 16体のうち、10体が男性、6体が女性、1体は中国人だった。年齢は最高87歳、最低9ヵ月歳、平均47歳だった。死因の種類は、内因死が10、不慮の事故が3、自殺が1、不詳の外因が1、不詳の死が1だった。

 

CT検案

 全15体のうち行政解剖に準じる3体は男性2、女性1、平均年齢は30歳だった。うち死因が推定できたものは1体(悪性新生物)だった。死因・身元調査法に基づく検査である12体は、すべてCTでは死因を推定することができず、新法解剖に回った。

 なお、CTについては、司法解剖、新法解剖、行政解剖の全遺体について解剖前に検査を実施している。

 

歯科法医学

 千葉県警等からの嘱託により、歯牙鑑定2件を実施し、身元の特定にあたった。なお、公式に依頼を受けたもの以外でも、身元不明の遺体について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、千葉県警からの依頼はなくなったものの、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

臨床法医学

 千葉県及び千葉市児童相談所等からの依頼によって、児童虐待に関連する意見書を16件提出した。また、千葉地検、千葉県警、県内の市からそれぞれ1件、計3件について、家庭内暴力などに関する相談を受け、それぞれ回答した。