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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2015年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 解剖数をみると、昨年から総数で1体の減少と、ほぼ同数であった。司法解剖数だけみると5体の減少であり、減少傾向が続いていると考えられる。2014年から2015年にかけては、全国的にみても、司法解剖が減少し、死因・身元調査法に基づく解剖(通称:新法解剖)に取って代わる傾向がみられるものの、新法解剖は都道府県予算(一部国からの支弁あり)のため、都道府県の方針や自治体の財政状況によって左右される。千葉県の場合、当面の予算の大幅な増額は期待できないため、司法解剖の減少はそのまま解剖数の減少につながる可能性があり、死因究明の向上との観点からすると大いに危惧されるところである。

 平成26年6月に、「死因究明等推進計画」が閣議決定され、それに基づいて千葉県でも2016年3月に「死因究明等推進会議」が開催されたものの、死因究明制度改革に向けた先進的議論が進む状況ではなく、依然として、死因究明を取り巻く状況は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、転落殺その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2015年の千葉県の人口は約622.4万人、同年中の死亡者数は56,073人、警察の死体取扱数は7,883体(前年比4.2%増)(刑事7,652体、交通231体)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が321体(前年比2.4%減)(刑事275体、交通46体)、それに千葉海上保安部3体、千葉地方検察3体で、司法解剖総数は327体、行政解剖(承諾解剖)の12体、死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)18体を加えると法医解剖数357体であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.6%だった。前年と比較すると、法医解剖数は4体(1.1%)と小幅な減少だった。

 一方、2013年に当センターにおいて、304体の司法解剖、12 体の行政解剖(承諾解剖)、18体の死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)の合計334体の法医解剖(前年比1体、0.3%減)を行い、別途10 体についてCT検案を行った。司法解剖のうち、252体が千葉県警刑事部、40体が交通部、3体が千葉地方検察、3体が千葉海上保安部、6体が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。薬毒物検査については、東京大学との連携協定により、東京大学で行った法医解剖に係る薬毒物検査の一部を千葉大学において実施している。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、DNA型鑑定については、警察庁が原則として科学捜査研究所で行うとしたため、千葉県警察からの鑑定依頼はなかった。

 臨床法医学については、本格的実施3年目を向かえ、千葉県及び千葉市の児童相談所、千葉地検および千葉県警等から計26件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答で協力を行った。

 

司法解剖

表1 日本以外の国籍だった遺体は6か国11体だった。

表2 死因の種類でみると、内因死が46体で15%、不慮の事故が122体で40%、自殺が27体で9%、他殺が27体で9%、不詳の外因が26体で8%、不詳の死が46体で15%だった。本年は不慮の事故の多さが目立った。男女別でみると、男性が女性の約2.1倍だった。他殺の被害者だけは女性が男性より多かったが、他の死因の種類はいずれも男性が女性を大きく上回っていた。

表3、4 年齢別でみると、総数で55歳以上が全体の62%を占め、平均は58歳だった。種類別の平均年齢は他殺が最も低く46歳、次いで自殺の50歳だった。他殺は子どもの被害者が多かったことが平均を引き下げ、自殺は40歳前後が多かったためだ。月別の死因の種類については平均化しており、有意な差異は見いだせなかったが、8月、9月、11月の解剖数の少なさが目立った。

表5、6 内因死については様々な疾患に分かれ、一般の死因統計と顕著な差異は少なく、4大死因と言われる悪性新生物(癌)、心疾患、肺炎、脳血管疾患が、ここでも全体の50%を占めた。年齢別では、55歳以上が全体の約8割を占めたが、35歳から54歳のなかにも、心疾患による突然死がみられた。

表7、8 不慮の事故については、例年同様交通事故と火災に伴う死亡が多かった。全体の解剖数が伸びないなか、交通関係は実施率が上がっている。「その他」のなかには、熱中症、低体温症、他に分類されない労働災害がある。年齢別では65歳以上が過半を占めた。本年は特に、外国人の作業中の死が目立った。

表9、10 自殺の手段については、例年多い縊死が少なく、溺死、焼身・熱傷、中毒・有害物質の順だった。年齢別では、35~45歳という働き盛りがピークだった。

表11、12 他殺の手段については、絞殺・窒息、刺殺、撲殺・鈍器殺が上位だった。0歳から4歳が多いのは、無理心中の事案のためである。本年は、55歳~74歳という比較的高齢者の被害が目立った。

不詳の外因26体中、16体の直接死因が溺死、4体が焼死だった。他の6体も直接死因は推定されるものの、自他殺あるいは事故の分類ができないものだった。

不詳の死46体中、30体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。他は、急死の疑いがあるものの死因を特定できないもの、内因、外因の判断ができないもの、あるいは、胎児や嬰児の産み落としで、死因の推定が困難なものだった。

本年の刑事施設内での死亡事案は3件。いずれも警察署内の施設に勾留中のもので、死因の種類は、病死、事故死、不詳の死(内因・外因を特定できず)だった。

本年は18歳未満の子どもの死亡が合計14体あり、そのうちの内因死が1、不慮の事故が1、他殺が4、不詳の死が7だった。他殺の4体は2件の無理心中(1件は未遂で母は生存)で、不詳の死のうち4件は早産などの嬰児を産み落としの前後に死亡した事案だった。

 

行政解剖(承諾解剖)

 12体のうち、9 体が男性、3体が女性、年齢は最高86 歳、最低は3ヶ月、平均55歳だった。死因の種類は内因死が9、不慮の事故が2、不詳の死が1だった。例年同様、この解剖に回る事案は内因死が多い。

 

死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)

 18体のうち、12体が男性、6体が女性、女性の1体は外国人だった。年齢は最高85歳、最低13日、平均47歳だった。死因の種類は、内因死が7、不慮の事故が10、不詳の死が1だった。

 

CT検案

 全10体のうちCTのみで終わったのは2体で、1体は内因死、もう1体はCTだけでは不詳だった。残りの8体のうち7体は新法解剖に、1体は司法解剖が実施された。

 なお、CTについては、司法解剖、新法解剖、行政解剖の全遺体について解剖前に検査を実施している。

 

歯科法医学

 海上保安庁等からの嘱託により、歯牙鑑定7件を実施し、身元の特定にあたった。なお、公式に依頼を受けたもの以外でも、身元不明の遺体について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、千葉県警からの依頼はなくなったものの、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

臨床法医学

 千葉県及び千葉市児童相談所等からの依頼によって、児童虐待に関連する意見書を15件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計11件について、家庭内暴力や傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。