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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2017年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 解剖数をみると、昨年から総数で63体増加し、過去最多だった2013年の数を1体上回り、千葉大学として最多記録となった。司法解剖については過去の数字に及ばないものの、調査法(新法)解剖が年々増加している点が全体の増加に寄与している。しかしながら後述するとおり死亡者数も増加しており、解剖率が上昇しているわけではない。

 2014年6月に、「死因究明等推進計画」が閣議決定され、それに基づいて千葉県でも2016年3月に「死因究明等推進会議」が開催され、第3回の会議は2018年3月に開かれた。しかし、わずか年1回の開催ではとても実質的な議論が進展するとの期待は持てず、依然として、死因究明を取り巻く状況は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2017年の千葉県の人口は約625.6万人、同年中の死亡者数は56,396人、警察の死体取扱数は8,277体 (前年比6.7%増)(刑事8,048体、交通229体)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖(千葉大学以外もあり)が326体(前年比18.1%増)(刑事286体、交通40体)、それに海上保安庁(千葉・銚子)5体、千葉地方検察6体、司法解剖総数は337体。行政解剖(承諾解剖)の15体、死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)36体を加えると法医解剖数388体であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.7%だった。前年と比較すると、法医解剖数は64体(19.8%)の増加だった。

 一方、2017年に当センターにおいて、317体の司法解剖、14 体の行政解剖(承諾解剖)、36体の死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)の合計367体の法医解剖(前年比63体、20.7%増)を行い、別途8体についてCT検案を行った。司法解剖のうち、295体が千葉県警(259体が刑事部、36体が交通部)、5体が海上保安庁(千葉・銚子)、6体が千葉地方検察、11体が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。薬毒物検査については、東京大学との連携協定により、東京大学で行った法医解剖に係る薬毒物検査の一部を千葉大学において実施している。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、警察の取扱死体のDNA型鑑定については、原則として科学捜査研究所で行っているため、千葉県警察からの鑑定依頼はなかった。海上保安庁からの依頼に加え、他大学との連携協定による千葉以外の事案の鑑定にも協力している。

 臨床法医学については、千葉県及び千葉市の児童相談所、千葉地検および千葉県警等から計37件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答で協力を行った。

 

司法解剖

表1 日本以外の国籍の遺体は6か国7体だった。

表2 死因の種類でみると、内因死が44体で14%、不慮の事故が93体で29%、自殺が53 体で17%、他殺が 19体で6%、不詳の外因が30体で9%、不詳の死が78体で25%だった。本年は例年に比べ不慮の事故と他殺の割合が低かった。男女別でみると、男性が女性の約2.3倍であり、いずれの死因の種類も男性が女性を上回っていた。

表3、4 年齢別でみると、総数で65歳以上が全体の50%を占め、平均は61歳だった。死因の種類別の平均年齢については、例年は自殺、他殺が比較的低い年齢だったが本年はあまり差がなかった。月別の死因の種類については平均化しており、有意な差異は見いだせなかったが、解剖数は冬場の多さが目立った。

表5、6 内因死については件数が少なく、一般的な傾向を述べるまではいかないが、心疾患、大動脈解離という循環器系の疾患による突然死が目立った。年齢別では、65歳以上が全体の約5割を占めたが、若年、壮年のなかにも、心疾患等による突然死事案みられた。

表7、8 不慮の事故については例年同様火災に伴う死亡が多い一方、交通事故は減少した。件数が増加した中毒・有害物質は、その大半が覚醒剤に関係する事案だった。「その他」のなかには、熱中症、低体温症、診療関連死、他に分類されない労働災害がある。年齢別では特に火災事案のうち65歳以上の例が7割以上を占め、高齢者の退避の遅れによる被害が目立った。

表9、10 自殺の手段については、全国の統計と同様、縊死が第一位だったが、僅差で溺死が続いた。溺死には自殺と確定できないため不詳の外因に含まれている事案もあり、海に囲まれた千葉県の特殊性と言えよう。年齢別では、若年層から高齢者まで幅広く分布しており、特に本年は65~75歳という高齢者が最多だった。

表11、12 他殺事案が19というのは、過去6年間で最少であり、他殺の全国的な減少傾向を反映している可能性がある。他殺の手段については、絞殺・窒息、撲殺・鈍器殺、刺殺が上位だった。例年と比べ母子無理心中による子どもの被害例が少なかった(1件)ため、平均年齢が上がるとともに、被害者は全年齢に分布していた。

不詳の外因30体中、16体の直接死因が溺死だった。焼死も含め直接死因は推定されるものの、自他殺あるいは事故の分類ができないものがこれに含まれている。

不詳の死78体中、48体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。他は、急死の疑いがあるものの死因を特定できないもの、内因、外因の判断ができないもので、死因の推定が困難なものだった。

本年は18歳未満の子どもの死亡が合計20体あり、そのうちの内因死が5、不慮の事故が2 、他殺が2、不詳の外因死が2、不詳の死が9だった。不詳の死のうち5例は乳児の突然死、3例が嬰児または胎児の死亡事案だった。

 

行政解剖(承諾解剖)

 14体のうち、男性、女性がそれぞれ7体ずつ、年齢は最高91歳、最低は1月、平均37歳と年齢の分布は他の解剖の種類と比べ若くかつ幅広だった。死因の種類は内因死が9、不慮の事故が2、不詳の死が3だった。例年同様、この解剖に回る事案は内因死が多いが、不詳の死はいずれも乳児の突然死だった。

 

死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)

 36体のうち、24が男性、12体が女性、年齢は最高88歳、最低5月、平均55歳だった。死因の種類は、内因死が17、不慮の事故が8、自殺が3、不詳の外因死が2、不詳の死が6だった。ここでも不詳の死のうち2例は乳児の突然死だった。また、自殺の3例はいずれも薬物の関与が指摘されている。

 

CT検案

 全8体のうちCTのみで終わったのは3体で、残りの5体は司法解剖が実施された。なお、CTについては、司法解剖、新法解剖、行政解剖の全遺体について解剖前に検査を実施し、当センター所属の放射線科医が読影を行っている。

 

歯科法医学

 海上保安庁等からの嘱託により、歯牙鑑定を実施し、身元の特定にあたった。公式に依頼を受けたもの以外でも、ほぼすべての身元不明の遺体(78件)について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。また、連携協定に基づいて、東京医科歯科大学に依頼があった歯牙鑑定を千葉大学が共同で行っている。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、海上保安庁、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

法中毒学

  検体を採取できるすべての遺体について質量分析器を用いた薬毒物検査を実施している。本年検出した主な薬物は以下のとおり。

 

臨床法医学

 千葉県及び千葉市児童相談所等からの依頼によって、児童虐待、家庭内暴力に関連する意見書を18件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計19件について、傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。

 

DVI訓練

  本年も11月に大規模災害に備えるための訓練(DVI [Disaster victim identification] 訓練)を実施した。空港で飛行機が着陸に失敗し炎上したとの想定のもと、警察官、医師、歯科医師、自治体職員、法医学者らによって、検視・検案、歯科所見、DNA・指紋の採取などが行われた。