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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2021年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、検案、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁、千葉県警本部等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 千葉大の解剖数をみると、総数で昨年の308件から63件増加し371件となった。昨年と比べれば司法解剖、行政解剖、調査法解剖はともに微増したものの、2018年、2019年の数には及ばない。2018年からの国際医療福祉大学医学部の参入を考慮しても、千葉県の死亡者数は安定して増加しているのに対し、解剖数のこのような推移は理解しがたい。これ自体、わが国の死因究明制度の不安定さを示していることを指摘できる。

 2020年4月に死因究明等推進基本法が施行され、推進会議での施策推進に向けた議論を踏まえ、2021年6月に推進計画が閣議決定されたが、従前の施策がほとんどであり、期待された新しい施策が見られない。今後、成育基本法にも規定された子どもの死の検証(Child Death Review)を含む死因究明改革に向けた実のある政策論が交わされるよう期待したい。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、高所からの飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因の種類が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2021年の千葉県の人口は約627万人、同年中の死亡者数は66,065人、警察の死体取扱数は9,338件(前年比1.9%増)(刑事9,139件、交通199件)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が425件(刑事408件、交通17件)、それに行政解剖(承諾解剖)の14件、死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)79件を加えると、警察が取り扱った死体の法医解剖数は518件(前年比28.6%増)であり海上保安庁(千葉、勝浦、銚子)5件(内1件は調査法解剖)、千葉地方検察3件を加えると、法医解剖総数は526件(前年比28.4%増)、内訳は司法解剖432件(前年比30.5%増)、行政解剖14件、調査法解剖80件、全死亡者数に対する法医解剖率は約0.8%(全国平均は約1.5%)だった。

 一方、2021年に当センターにおいて337件の司法解剖、14 件の行政解剖(承諾解剖)、20件の調査法解剖の合計371件の法医解剖(前年比63件、18.8%増)を行った。司法解剖のうち、331件が千葉県警(318件が刑事部、13件が交通部)、3件が千葉地方検察、3件が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。行政解剖は14件中11件が刑事部、3件が交通部の扱いだった。

2018年度より、千葉中央署が警察嘱託医の方々に嘱託している検案業務の一部を当センターが行っており、本年はセンター所属医師が31件(前年比10件増)の検案を行った。また、警察等からの依頼により解剖を前提とせずCTを撮影・読影するCT検案は、21件だった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、千葉県では、警察の取扱死体のDNA型鑑定については、原則として県警の科学捜査研究所で行っているため、千葉県警からの鑑定依頼はなかった。しかし、他大学との連携協定による千葉以外の事案の鑑定に協力している。

 臨床法医学については、千葉県、千葉市及び江戸川区の児童相談所等、千葉地検および千葉県警等から計83件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答により協力した。

 

司法解剖

 本年は337件の司法解剖を行った。以下、その内容を概説する。

表1 日本以外の国籍の遺体は3地域8体(東アジア5、アフリカ2、東南アジア1)であった。なお、そのほか調査法解剖で東南アジアの1例があった。

表2 死因の種類でみると、内因死が57体で17%、不慮の事故が97体で29%、自殺が56 体で17%、他殺が 21体で6%、不詳の外因が44体で13%、不詳の死が62体で18%だった。男女別でみると、男性が女性の約2.3倍であり、すべての死因の種類で男性が女性を上回っていた。

表3、4 年齢別でみると、平均は60歳、中央値は63歳であり、例年と大きな差異はなかった。死因の種類別の平均年齢については、自殺が49歳と比較的低年齢であったが、他殺は例年と比べ高年齢の58歳、内因死は68歳、また不慮の事故は64歳だった。月別の件数については有意な差は見いだせなかった。

表5、6 内因死については件数が少なく、一般的な傾向を述べるまではいかないが、心疾患、悪性新生物、脳血管疾患、という一般の死因統計で上位の死因と類似した結果だった。また、本年もアルコール性ケトアシドーシスなどの飲酒による行動の障害が見られた。年齢別では、65歳以上が過半数を占めた。

表7、8 不慮の事故については例年同様火災に伴う死亡が多く、次に溺死・溺水、その他の不慮の事故が続き、例年上位である交通事故は少なかった。その他の不慮の事故では、熱中症、低体温症が多く、他に分類されない労働災害も数件あった。年齢別では特に火災事案のうち65歳以上の例が7割を占め、高齢者の退避の遅れによる被害が目立った。

表9、10 自殺の手段については、全国の統計と同様、縊死が第一位だったが、溺死がそれに続いた。(全国統計の2位は高所からの飛降り。)溺死には自殺と確定できないため不詳の外因に含まれている事案も多い。本年も一酸化炭素等中毒による自殺が目立った。性別では例年同様男性が多い。年齢別では、例年と比べ、35歳から64歳という壮年層に偏っていた。

表11、12 本年の他殺事案の数は例年とほぼ変わらなかった。他殺の手段については、刺殺、撲殺・鈍器殺が上位だった。本年、他殺の被害者は65歳~74歳という高齢者に多かった。また、この中には1件の他殺後自殺(無理心中)、1件の嬰児殺が含まれている。

 不詳の外因44体中、23体の直接死因が溺死、3体が焼死だった。自他殺あるいは事故への分類が確定できないものがこれに含まれている。

 不詳の死62体中、56体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。それ以外には2体の乳児突然死があった。白骨等のなかには、状況的には自殺が疑われるものも含まれている。

 

行政解剖(承諾解剖)

 本年行った14体のうち、12体が男性、2体が女性、年齢は最高87歳、最低は0歳(嬰児)、年齢の平均は45歳、中央値は47歳だった。死因の種類は内因死が9、不慮の事故が1、不詳の死が4であり(表13)、例年同様、この解剖に回る事案の大半が内因死だが、調査法解剖と異なりご遺族が解剖を希望する事例が多い。

 

  

死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)

 本年も20件と数は多くなかったが、かなりの千葉県の事案を国際医療福祉大で対応しており、千葉県としては一定の増加傾向が見られる。20件のうち、15体が男性、5体が女性、年齢は最高94歳、最低25歳、年齢の平均は60歳、中央値は63歳だった。死因の種類は、内因死がトップで、不慮の事故が続いた(表14)。司法解剖には至らないが、念のため解剖に回ったと考えられる事例が多い。

 

  

子どもの死

 本年は、18歳未満の子どもの死亡が、司法解剖で9体、行政(承諾)解剖で2体の合計11体あり、内因死が1、不慮の事故は2、自殺が1、他殺が2、不詳の死が5だった。他殺の1例は嬰児殺、1例は他殺後自殺(いわゆる無理心中)、不詳の死のうち4例は乳児の突然死だった。

 

  

新型コロナウイルス

 本年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が続き、法医学の実務にも大きな影響があった。千葉大では、PCR検査及び抗原検査を実施し、死因の特定と職員の安全確保に注力した。PCR検査は合計78件行い、うち2件が陽性だった。抗原検査は8月からルーティン化し、検体採取可能な全例で行い、年間の合計数は152件、うち陽性は2件だった。解剖の結果、原死因がCOVID-19とされたのも、2件だった。一方、ワクチン接種後で副反応が疑われる事案が2例(どちらも行政解剖)あったが、死因を推定するに至らなかった。

 

死後画像診断

 本年は21件のCT検案を行った。なお、CTについては、司法解剖、行政解剖、調査法解剖の全遺体について解剖前に検査を実施し、当センター所属の放射線科医が読影を行っている。また、他の機関で撮ったCTの読影を50件行った。さらに、まだ研究段階ではあるが、MRI(磁気共鳴画像)の撮影及び読影も行っている。

 

歯科法医学

 千葉県警等からの嘱託により、歯牙鑑定を実施し、身元の特定にあたった。公式に依頼を受けたもの以外でも、ほぼすべての身元不明の遺体について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。また、連携協定に基づいて、東京医科歯科大学法歯学分野とともに、東京大学および国際医療福祉大学で法医解剖を実施した身元不明死体の歯科所見採取を共同で行っている。また、当センターに依頼された児童相談所事例は、ほぼ全例において歯科所見採取を行っている。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検または警視庁から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。例年、海上保安庁からの依頼も受けているが、本年はなかった。

 

法中毒学

 検体を採取できるすべての遺体について簡易検査に加え、質量分析器(GC/MS, LC/MS/MS, LC/QTOF-MS)を用いた薬毒物検査(定性分析・必要に応じて定量分析)を実施している。また、連携協定に基づいて東京大学、国際医療福祉大学で行われた解剖に付随する薬毒物検査を行っている。本年千葉大で検出した主な薬物は以下(表15)のとおり。本年も、覚醒剤関連の検出が目立った。

 

臨床法医学

 千葉県、千葉市及び江戸川区の児童相談所等からの依頼によって、児童虐待、家庭内暴力に関連する意見書を60件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計23件について、傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。なお、2018年7月に千葉大附属病院小児科に臨床法医外来を開設し、病院の小児科と法医学教室が連携することによって、検査体制を充実させ、他の専科の協力も得ながら、虐待などによる損傷の評価を行っている。

 

千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会

 例年、県内の小児科医、行政、司法等の関係者が子どもの死亡事例に関し情報交換し、再発防止のための議論を行う「千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビュー/CCDR)」を開催しているところだが、本年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により開催ができなかった。

 

DVI訓練

 例年、大規模災害に備えるための訓練(DVI [Disaster victim identification] 訓練)を行ってきたが、こちらも新型コロナウイルス感染症の影響により前年に引き続き開催することができなかった。