食道疾患

ページタイトル画像

食道癌

  • 食道癌とは
  • 診断
  • 外科治療と治療成績
  • 内視鏡治療
  • 重粒子線照射の臨床研究
  • その他の臨床研究

食道癌とは

 食道癌は60歳台の男性に多く見られる病気で、日本では毎年 15,000人の方が食道癌にかかっています。原因として強い酒、タバコ、熱い飲食物などが考えられています。刺激物を好んで飲む人に多い傾向があります。現在日本では、毎年90万人の人がいろいろな原因でおなくなりになります。その死亡原因はこの35年間癌が第一位です。毎年37万3000人が癌でお亡くなりになっています。食道癌は男性の死亡原因の第7位です。早期に治療すれば完治しますが、進行癌では治療効果が悪く、無症状のうちに発見する事が必要です。

食道癌になりやすい人

  (1)50歳以上の男性、(2)喫煙者や大量飲酒者、(3)頭頚部癌になった方、(4)バレット食道や腐食性食道炎、食道アカラシアなどの食道の病気になられた方、以上のいずれかに該当する方は食道癌になりやすいので定期的な検査が必要です。

食道癌の症状

 食道癌の初期は多くの場合無症状ですが、食道がしみるような感じや胸がチクチクする感じを自覚することがあります。その後は食事がつかえる、体重が減る、背中の痛み、咳が出る、声がかすれるなどの症状を認めるようになります。

検査が必要です

 食道に少しでも違和感がある方は是非検査を受けてください。とくに、食道癌になりやすい方におすすめします。食道癌は一般的には難しい病気ですが、少しでも早く発見し適切な治療を行えば、十分に治癒する確率はあるのです。特に近年、内視鏡的粘膜切除の技術が進歩し、癌が粘膜にとどまっていれば内視鏡的に根治が可能です。

 検査方法としては(1)食道造影検査(2)内視鏡検査が最初の診断に役立ちます。とくに早期の食道癌を見つけるためには、是非積極的に内視鏡検査を受けてください。

 食道癌の診断がついたら、次に進行度(病気の進み具合)を調べます。正確な進行度診断が、適切な治療法につながります。現在、内視鏡的粘膜切除、手術、放射線化学療法など多彩な治療法が、根治性と Quality of Life(QOL、クオリティ オブ ライフ、生活の質)の維持を目的として開発され、進行度に応じて適用されています。

 進行度診断の検査には、(3)CT 検査、(4)頚部腹部超音波検査、(5)超音波内視鏡検査、(6)全身 RI 検査(骨スキャン、 PET )などがあります。これらの検査によって食道癌病巣の広がりを把握し、治療計画を立てることが予後(手術後の経過)の改善につながります。以下に解説します。

(1) 食道造影検査

図1. 食道造影による食道癌の診断
癌による狭窄の程度、範囲がわかります。

 バリウムを飲んで、レントゲンで撮影する検査です。食道のどの部分に癌ができているか、どの程度狭くなっているのか、通過の具合はどうか、潰瘍の深さはどうかなどが分かります。食事の内容、摂取方法を決めるためにも重要な検査です。

(2) 内視鏡検査

図2. 内視鏡による食道癌の診断
ヨード染色により、癌の食道内のひろがりが明らかになります。

  多少、患者さんにとって苦しい検査ですが、食道内を直接確認できるうえに、さらに色素(ヨード)を吹き付ける検査をすることによって病気の部位をよりはっきりさせることが可能になります。このときあやしい部分を一部採取して顕微鏡で見て、調べることによって確定診断をします。早期の食道がんを見つけるには、内視鏡検査が非常に有用であり、レントゲン検査で見つけられない初期の癌も、内視鏡検査で発見されることがあります。

(3) CT 検査

図3. CTによる食道癌の診断
立体表示により、癌の周囲への広がりやリンパ節転移がよくわかります。

  CT(コンピューター断層撮影)は、検査ベッドの上に寝た状態で、頚部から腹部までの断層撮影(体の内部の撮影)を行う検査です。内視鏡等で発見された食道癌が周囲の肺、気管、気管支、心臓、大動脈などに及んでいないか、まわりのリンパ腺ははれていないか、肝臓や肺に転移していないかなどを見ることができます。近年の高速高解像度装置により、立体画像を再構築しての診断も可能となりました。

(4) 頚部腹部超音波検査

  体外からの超音波検査です。頸部ではリンパ節の診断に有用です。腹部では肝臓やリンパ節の診断を主に行います。

(5) 超音波内視鏡検査

図4. 超音波内視鏡による食道粘膜癌の診断
食道壁の各層の描出が可能で、粘膜にとどまる癌がわかります。

 内視鏡の先端につけた超音波装置によって、食道内腔から癌の深さを精密に評価します。内視鏡的粘膜切除で切除可能な癌の診断に不可欠です。また、食道の外側にあるリンパ節の診断にも有用です 。

(6) 全身RI検査(骨スキャン・PET)

図5. 全身PETによる食道癌の診断
転移があれば光って見えることにより、全身のチェックが可能です。

 全身の骨や、その他の臓器への癌の転移を探すときに行います。約1cmの病巣も発見可能です。

頸部食道癌

 食道癌の中で頻度はそれほど多くはありませんが、喉頭の温存が問題になる症例では、術後のQOL(Quality of life)が喉頭合併切除の有無で大きく異なるため、手術の根治性と術後のQOLを慎重に検討して治療方針を決定する必要があります。当施設では、喉頭の温存が問題になる症例では、まずは化学放射線療法を行った後に、治療が有効で喉頭温存が可能となった症例では喉頭温存頸部食道切除術、及び食道全摘術を、気管浸潤例、喉頭の温存が不可能な症例には咽頭喉頭合併切除を付加した頸部食道切除、及び食道全摘術を行っています。

胸部食道癌

  胸部食道癌は、頸部、胸部、腹部の3領域に広範にリンパ節転移を来すポテンシャルを有しているため、基本術式は、右開胸食道亜全摘術+両側頸部郭清術です。いわゆる3領域郭清は頸部、胸部、腹部の徹底したリンパ節郭清ですが、当施設では1983年から胸部食道癌の標準術式としています。ただし、ご高齢の方や全身状態のすぐれない方にはQOLの保持の観点から適応とはしていません。また、胸部下部食道癌で深達度がSM(粘膜下層)までの症例では、我々のこれまでのデータでは頸部リンパ節転移を認めていないことから、頸部リンパ節郭清は行っていません。

 再建臓器、再建経路ですが、胃を用いた胃管が第一選択です。過去の胃切除の既往、および胃癌の合併または高度な胃周囲リンパ節転移で胃を使えない場合は結腸や小腸を用いて再建しています。再建経路については 胸骨前、胸骨後、そして後縦隔という3つの経路があり、それぞれ、癌の進行度、手術の安全性、嚥下機能、美容上の問題といった観点から選択されますが、当施設では食物の通過について最も生理的と考えられる後縦隔を通して再建することを標準術式としています。

食道癌手術の治療成績

 1983年1月1日から2016年12月31日までの、当施設での食道癌切除例数は1292例で、このうち術式及び術後管理がより洗練されたと考えられる近年の症例は(1998年以降)は801例でした。手術に関連する死亡者数は以前(1983年から1998年)では491例中9例(1.8%)経験し、近年(1998年から2016年まで)では801例中1例のみでした(0.1%)。これらの手術死亡例と非治癒切除に終わった症例を除いて、切除成績(5年生存率)をまずは食道癌の占居部位別に見ますと(図1)、頸部(Ce)、胸部上部(Ut)、胸部中部(Mt)、胸部下部(Lt)、そして腹部食道(Ae)で、各々、45%, 44 %, 46%, 42%, 45%と大きな差はありませんでした(1983年~2004年)。

図1. 当教室における食道癌切除例の占居部位別治療成績

 次にステージ別に5年生存率を比較すると(図2)、Stage 0/I, II/ IIIそしてIVaでは、各々、73%, 47%, 15%とステージの進行に伴って生存率は低下していました。また、後期では 大動脈、気管への直接浸潤、高度リンパ節転移例など、前期では切除が不能であったり、予後(手術後の経過)が期待できない症例に対して積極的に術前化学放射線療法を施行して予後の改善に努めてきましたが、前期の症例と、後期のうち2年以上手術から経過した症例で2年生存率を比較しますと、各々、58%と71%であり、後期での症例が有意に(p<0.05)生存率が良好でした。これらの結果は術式及び術後管理の洗練とともに、術前化学放射線療法の併用が有効であったことを示唆しているものと思われます。

図2. 当教室における食道癌切除例のStage別治療成績

食道癌の治療法としては、内視鏡治療、外科治療=手術、化学放射線療法に大別されますが、治療方針は、癌の発生部位、深達度、転移の有無、全身状態によって大きく異なります。ここでは内視鏡治療の適応、術式、及び治療成績についてご説明いたします。

内視鏡的粘膜下層切開剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection, 以下、ESD)

 食道表在癌に対するESDは、外科治療と同等の治療成績があげられる治療法として現在広く行われています。適応についてですが、深達度がm1 あるいは m2で、リンパ節転移がない場合となります。深達度がm3あるいはsm1の場合でも状態によっては内視鏡治療の適応となることがあります。基本的にはそれらよりも深達度、リンパ節転移が進行しており、治癒切除が期待できる症例が手術の適応となります。以前はESDが行える病変の大きさに制限がありましたが、近年では大きな病変でも一括切除可能となってきました。

 教室では 2002年10月より内視鏡治療を開始し適応を拡大しています。現在では食道癌治療ガイドライン2017年版に準じ、深達度はm1・m2を絶対適応、m3・sm1を相対適応としています。

食道表在癌に対するESD 

  • 通常観察(上段左)
  • ルゴール散布による観察(上段中)
  • 剥離操作(上段右)
  • 切除後(下段左)
  • 標本(下段中)
  • 術後1年の状態(下段右)

切除した標本は詳細な病理検索を行い、追加治療(手術)の必要性を検討します。

食道癌に対する術前重粒子線照射療法の試み

 現在、我々の教室では、胸部食道扁平上皮癌に対して、放射線医学総合研究所、重粒子医科学センターのご協力をいただいて、手術を前提とした術前重粒子線照射療法の臨床研究を行っています。その根拠は以下のとおりです。
治癒切除が可能な食道癌に対する標準的治療は外科的切除ですが、食道癌はその高い生物学的悪性度により、高率に局所、及び遠隔転移を来す予後不良な癌腫であり、特にリンパ節転移は食道癌の生存率に最も影響を与える因子であることが分かっています。当教室で治癒切除された 深達度T1-T3 食道癌の 429 例のうち、リンパ節転移の有無で予後を比較すると、リンパ節転移を認めない 159 例の5年生存率は 64.9 %であるのに対し、転移陽性の 270 例では 39.4 %と、有意に予後不良であり (p<0.01) 、さらに根治術後の初回の再発形式はその 53.6 %がリンパ節再発(臓器再発 :28.5% )でした。これらの結果は T1-T3 食道癌症例に対して、まずはより高い局所制御を得ることが切除例の予後の改善への必要条件であることを示唆しています。放射線医学総合研究所、重粒子医科学センター病院での重粒子線照射例は 2,000 例を超え、前立腺癌、子宮頚癌、頭頸部癌、肺癌での3年局所制御率は、各々、 100%,49-71%,51-93%,65-100% であり、手術に匹敵する局所制御率が報告されています。本臨床研究は、食道癌に対してより高い局所コントロールとより低侵襲な治療法の開発を目指して、そのデザインが決定されました。対象は深達度が T1b-T3 の胸部食道癌で、放射線治療では制御が困難な腹部リンパ節転移及び広範な転移リンパ節を有する症例は除外しました。一回 3.6Gy を2週間で8回照射しつつ2コースの抗がん剤治療(FP療法)を行った後 ( 総線量 28.8Gy,5 例目より 5% dose up し、 30.4Gy) 、4週から6週のインターバルをおいて根治術を施行することとしています。

ー食道癌に対する重粒子線照射の臨床研究ー

はじめに

 新しい治療法が一般的に使われるようになるためには、その治療法の安全性と効果を確認しなければなりません。これを臨床研究といいます。これから説明する臨床研究は、重粒子線という新しい放射線治療と手術を組み合わせた治療法の安全性と効果を調べることを目的としています。千葉大学医学部附属病院では、放射線医学総合研究所(放医研)と共同で、食道がんの患者さんに対して有益な新しい治療法を提供できるようにする目的で、「重粒子線(炭素イオン線)」と呼ばれる新しい放射線を使った臨床研究を試みております。これは、手術の前に重粒子線治療を行うことで手術後の再発を少なくすることを目的としたものです。

 私達は、あなたの病気の状態が「重粒子線による臨床研究」に適していると判断をいたしましたので、参加をお願いするものです。まずご理解いただきたいのは、参加はあなたの自由意思によって決めていただくものであり、強要するものではないということです。参加を断ったからといって何ら不利益を被ることはなく、途中で断ることも自由です。参加を断った場合でも、あなたは現在ある治療法のうち最も適した治療を受けられることが保証されています。この重粒子線による臨床研究は、1964年に世界医師会で採択された(その後5回修正)、「ヒトを対象とする生物医学的研究に携わる医師のための勧告(通称:ヘルシンキ宣言)」に基づいて実施されます。この勧告(日本医師会訳)では、「医学の進歩は、最終的にはヒトを対象とする研究に一部依存せざるを得ない研究に基づく」とされながらも、「ヒトを対象とする医学研究においては、被験者の福利に対する配慮が科学的及び社会的利益よりも優先されなければならない」とされています。

 この重粒子線の臨床研究に参加していただけるかどうかを決めていただくために、あなたの病気の状態、臨床研究とは何か、重粒子線照射法の特徴や内容および予想される効果と副作用、従来の標準的治療法の効果と副作用、あなた自身に守っていただきたいことなどについてご説明いたします。

あなたのご病気と治療法について

 食道癌の一般的な治療法には、(1)手術により癌細胞そのものを切り取る手術療法、(2)放射線をあてて癌細胞を死滅させる放射線療法、(3)薬などを使う化学療法などがあり、それぞれを適宜組み合わせる治療法も確立されています。これらの治療法にはそれぞれ長所も短所もあります。

 手術療法は、患者さんへの負担は大きく、また手術後の合併症の危険性がありますが、現在では安全に癌細胞を取り除くことのできる最も確実な方法として確立しています。放射線療法は、外から放射線を照射し癌細胞の増殖を抑えようというものです。照射する放射線量や範囲により種々の程度の副作用の可能性があります。化学療法では抗癌剤を注射することによって全身に薬が広がるため、薬の副作用が起こることがありますが、リンパ節や他の臓器へ転移したがん細胞に対する治療効果があります。手術の適応にならなかった患者さんには、一般的に、放射線療法や化学療法あるいは両者の併用療法が行われています。さらに、あらかじめ放射線や化学療法でがんを縮小させてから手術を行うという治療法も確立されており、再発を抑える効果があるという報告もあります。しかし、これらの治療方法を組み合わせた場合でも半数近くの患者さんで再発が認められており、治療方法のさらなる発展が必要と考えられます。これらのことを背景として、手術前に重粒子線治療によりがんを縮小してから根治手術を行う、という臨床研究が企画されました。

 現在までにあなたに受けていただいた検査によって、あなたの食道癌がこの臨床研究の対象であること、すなわち手術前に重粒子線治療を行ってから根治手術を行うという治療法が選択できる状態であることがわかりました。これからあなたの病気の状態についてご説明いたします。

その他の治療法:従来の治療法としては、以下の治療法があります。

1.手術単独での治療

 最も一般的に行われているがん細胞を切除して取り除く治療法ですが、約半数の患者さんで再発することがわかっています。手術に伴う合併症として、肺炎、縫合不全、感染症、食欲低下などがあります。治療期間は、平均で3週間程度です。

2.従来の放射線治療と化学療法の併用治療

 約50%の患者さんで癌の大きさが半分以下に縮小し、約20%の患者さんでは、癌が見えなくなるという効果がありますが、半数以上の患者さんで再発することがわかっています。場合によっては、手術と同等の治療効果があることもあります。放射線化学療法に伴う副作用として、免疫不全、肺炎、腎機能障害、吐き気、脱毛、顔面色素沈着などがあります。治療期間は、平均約6週間です。

3. 従来の放射線治療と化学療法の併用治療後に根治手術を行う治療

 あらかじめ、放射線化学療法によって、癌を小さくしてから根治手術を行う方法です。主として進行癌の患者さんが対象となりますが、手術単独での治療に比較して再発する患者さんが少ない傾向があります。(1)および(2)の両者の合併症・副作用があります。治療期間は、平均約10週間です。

臨床研究について

 がんの診断や治療は近年目覚しい進歩をとげています。しかし、現在の治療法では決して十分とは言えません。今も新しい治療を望む声が強くあり、新しい薬、新たな放射線療法、遺伝子治療などが研究されています。新しい治療法を開発するときは、「効果」だけでなく、好ましくない作用(副作用)にも十分な注意が払われなければなりません。がんの治療は一夜にして完成されるものではありません。さまざまな人の研究や協力、とりわけ患者さんの協力によって成し遂げられるものなのです。新しい治療法が発見または発明されると、まず動物によって副作用やその効果が試されます。しかし動物で得られた知識だけでは人のがんにどの程度の効果があるのか、副作用の程度や種類は同じなのかなど不明な点が多くあり、すべての患者さんの治療に使うことはできません。そのため、新しい治療法がこれまでの治療法より効果が期待できると考えられる患者さん、これまでの治療法では効果が不十分とされた患者さんにご協力いただき、新しい治療法の効果や副作用を調べて、最も適した治療方法についての研究を行います。これを臨床研究といい、ここで得られた知識は科学的に評価され、新しい治療法が確立されることになります。

 このように臨床研究には研究的側面がありますが、これはご協力いただく患者さんのみならず、将来の患者さんの治療に役立てるためにどうしても必要な過程となっています。現在広く行われている治療法もこのような過去の患者さんの貴重なご協力の賜物と言えるのです。放医研ではがんに対する新しい放射線治療として期待されている重粒子(炭素イオン)線による臨床研研究を続けており、すでに多くの癌で高度先進医療として実用化されています。千葉大学医学部附属病院では、放医研と共同で、食道癌の治療にこの重粒子線治療と手術とを組み合わせることでがんの再発を抑えようと計画しています。

重粒子線治療の特徴について

 現在一般にがん治療に使われている放射線(エックス線、ガンマ線、電子線)は、その量(放射線の量)を増やしていくと、よほど工夫しない限りがん周囲の正常組織まで痛めつけてしまい、その割にがんには十分量の放射線を照射できないという問題があります。その点、今回の臨床研究で用いられている炭素イオン線は、一般に使われている放射線に比べて、体内のがん病巣を狙い撃ちしやすく、周囲の正常組織への影響が少なく、しかもがん細胞の増殖をおさえる作用がより大きいという、がん治療において大変都合のよい性質を持っています。長年の研究成果により、食道がん以外の多くの癌に対する治療効果が証明されたため、すでに高度先進医療として実用化されています。このため炭素イオン線は、一般の放射線治療では治癒しにくい種類の食道がんにも効果が期待されますが、この臨床研究でそれを具体的に明らかにしたいと思っています。なお、この文書では特に断わらない限り、重粒子線という場合は炭素イオン線のことを指します。

これまでの食道癌に対する臨床研究の結果

 1996年4月以降1999年4月までに、食道扁平上皮癌に対する手術前の炭素イオン線治療の第I/II相臨床研究が行われ、7人の患者さんが治療を受けられました(プロトコール番号9502)。重イオン線治療後切除が行われた患者さんは7人中6人(86%)で、手術で切除した食道癌の組織を顕微鏡で観察した結果、炭素イオン線照射により6例全てで「生存しうると判断された癌細胞」は3分の1以下となっていました。48GyEの治療を行った2例では、がん細胞が消失していました。また現在までのところ炭素イオン線を照射した局所(食道および周囲組織)に再発が起こった患者さんはいません。副作用としては、7例全例に軽度の皮膚炎を認めました。これより手術の前におこなう重粒子線治療の線量としては48GyEが最も効果が高く安全な線量であることがわかりました。一般的に手術と放射線との併用療法では、放射線単独の治療に比べて放射線の量を少なくすることとされています。

臨床研究計画について

 がんの臨床研究にはいくつかの段階(相)があります。第1相臨床研究は、ヒト(有効性が期待できるがん患者さん)に対して初めて行われるもので、新しい治療法の安全性を中心に検討するものです。例えば、副作用の種類や程度をみながら治療として最も適した照射量(推奨線量)を決めたり、これ以上照射すると副作用が強すぎると予想される照射量(許容線量)を予測したりすることを目的とします。第2相研究では、推奨線量を用いて有効性が期待できる少数のがん患者さんを対象に、新しい治療法が効果的か、安全性はどうかを客観的方法で確認します。この第1相臨床研究と第2相臨床研究を組み合わせたものは、第1/2相臨床研究と言われ、新しい治療法の安全性と有効性の両方を見ながら、最適な照射量や照射期間などを検討します。

 あなたの場合は、第1/2 相研究「局所進行食道扁平上皮癌に対する術前短期炭素イオン線治療の第1/2相研究計画書」に従って治療されます。実際の治療は、放医研の専用の治療室で、1日1回2週間で合計8回の治療の予定で行われます。照射線量は、以前に行われた臨床研究で安全性が確認された48.0GyE/20回と同等の効果を有する線量として1回3.6GyEで総線量28.8GyEを基本とします。あなたの前に治療を受けた方の副作用の状況に応じて、照射線量を5%増減させます。したがって、今回のあなたの治療では、総線量(    )GyEを予定しています。重粒子線治療後には、再び千葉大学医学部附属病院へ転院していただき、重粒子線治療後4週間目から8週間目の期間に根治手術を行うこととなります。この期間は、重粒子線治療の副作用ならびに治療効果を判定するためのものです。場合によっては、切除手術の時期が遅くなることで、不利益が生じる可能性も完全には否定できません。

 治療後の経過観察期間については、炭素イオン線治療開始日から90日目まで観察期間といたします。観察期間終了から登録した患者さんの全員が追跡終了となる日までを追跡期間といたします。治療期間中は原則として週に1回以上、経過観察期間中は3ヶ月に1回以上、追跡期間中は6ヶ月に1回以上、血液一般・血液像、血清生化学検査を行います。これは、通常の診療で必要と考えられる血液検査と同様ですので、本臨床研究であらたな負担が必要となるわけではありません。

予想される効果

 すでに説明しましたように、重粒子線は従来の放射線に比べると、病巣に正確に高線量を集中でき、かつがん細胞に対しては従来の放射線よりも高い致死作用が期待できるという利点があります。さらに腫瘤の形が複雑ながんにも優れた照射手法により高い治療効果が期待されます。

 私たちはあなたの病気に対して、こういった優れた性質を持つ重粒子線が有効であると判断しました。今回の臨床研究では、重粒子線治療によって、大部分のがんを治療した後に、さらに手術によって、生き残っているがんを切除することを予定しています。その結果として従来の治療では、再発の危険性が高かった患者様でも再発の危険性が低くなることを期待しています。

予想される有害反応(副作用)

 放射線治療では、照射後すぐに出現する副作用(早期反応)と、時間が経ってから発生する副作用(晩期反応)があります。これまでの重粒子線の臨床研究の結果から、予想される副作用として以下のようなものがあげられます。

1)食道・気管
重粒子線照射においては、X線に比べ高い線量を病巣に集中させることが可能ですが、隣接する組織にも少量の放射線があたることは避けられません。食道は大動脈・気管・心臓などの臓器に囲まれているため、重粒子線照射によりこれらの臓器が障害を受ける可能性があります。食道炎や肺炎など、薬の服用や食事療法で回復する軽いものから、高い線量が食道や気管に照射された場合には、潰瘍、出血、狭窄、穿孔(穴があくこと)など重症のものまで様々です。重篤な合併症が起こらないよう、多方向(3~4方向)からの照射を行うなど、食道や気管に照射される線量が安全と思われる線量以下(本研究では42GyE以下)になるように工夫いたします。重篤な副作用が起こる可能性は少ないと考えていますが、起こった場合は最善の治療を行います。

2)皮膚
重粒子線照射により種々の程度の放射線皮膚炎が出現します。多くの場合、軽い日焼けのような症状(発赤、軽い痛み、かゆみなど)で済むことが多いのですが、病巣が比較的皮膚に近い場所にある場合には、皮膚にも高い線量が照射されるため、びらん、潰瘍、色素沈着、色素脱失などが生じる可能性があります。症状の強いものは軟膏等での処置が必要になります。極めてまれですが皮膚移植など外科的な処置が必要となる場合もあります。

3)骨髄機能
種々の程度の白血球減少、血小板減少、貧血が出現します。それぞれの治療に、薬剤や輸血を行うことがあります。まれですが、生命を脅かす骨髄機能低下に対して骨髄移植などが必要になる可能性があります。

4)手術後の合併症の増加
あなたの病気の程度から判断して、手術前に重粒子線治療を行わないで手術を受けることも可能です。この場合と比較すると重粒子線治療を受けてから手術を受ける方では、上記のような副作用との関連で手術後の合併症が増加する危険性があります。従来の放射線治療では、手術後の合併症特に肺炎などが増える傾向がありましたが、重粒子線治療では、そのような危険性が従来の放射線治療よりは少ないことが期待されています。

5)治療後10年以上経過した場合に、従来の放射線治療ではまれに放射線による新たながんが発生(2次発がん)する可能性がありますが、重粒子線治療でも同様な可能性があります。その他、照射された部分の正常組織が弱くなるために予期せぬ副作用がおこる可能性があります。
重粒子線治療であっても周囲の正常組織をまったく放射線があたらないようにして癌のみを照射することは困難です。あなたには上記の様な副作用の可能性があることをご理解いただいたうえで、重粒子線治療を了承して頂きたいのです。もしこのような症状が生じてきた場合にはその病状に応じて最善と考えられる処置を行います。

診療録・臨床研究記録の点検・公表と個人情報(プライバシー)の保護

 この臨床研究で得られた臨床データ(検査資料、治療の経過、治療結果など)は、医学的研究のために研究発表・討議、教育、出版物などで公表されることがあります。その際、年齢、性別などが公になることがありますが、あなたを特定できるような名前などの個人情報は、一切判らないように配慮いたします。また、臨床研究が適切に実施されているかどうか、倫理的に問題がないかなどを確認するために、専門家や学識経験者などが、あなたの診療録や臨床データをみることがあります。上記の関係者は、いずれも自分が知った個人情報を理由なく他にもらしてはならないという、秘密保持の責務を負っています。

重粒子線治療に係わる費用および健康障害に対する処置について

 回の臨床研究における食道癌に対する重粒子線治療は研究段階のものですので健康保険の適用になりません。そこで、今回の重粒子線治療に要する費用のうち、重粒子線照射開始日から照射終了日までの照射費用はすべて放医研が負担いたします。ただし、重粒子線照射以外の医療費については、あなたの健康保険の負担になります。したがって、千葉大学医学部附属病院入院中の医療費は、すべてあなたの健康保険の負担となります。また、重粒子線治療に関連してあなたに健康障害が生じたときは、誠意を持って適切な治療および措置を講じます。

同意及びその撤回について

 この臨床研究への参加は、あなたの同意を文書で得ることが前提になっています。本研究に参加するかどうかはあなた自身の判断によって決まります。ご家族や友人、他のお医者さんなどと相談するなどしてお決め下さい。あなたが書面により同意した後も、いつでもあなたの自由意思に基づいてそれを撤回することができます。もしあなたが参加されなかったり、途中で参加をとりやめたとしても、そのために不利益を被ったりすることはありません。その時点で最善と思われる他の治療法を受けられるように保証します。

臨床研究の中止と参加辞退について

 あなたの体の状態によって臨床研究への参加が適さないと判断された場合には、臨床研究への参加をお断りすることがあります。臨床研究中であっても、あなたが臨床研究で安全を損なう恐れがあると医師が判断した場合、あるいは偶発的事故(機械の故障を含む)、予想外のがんの進行、副作用が見られた場合には研究を中止することがあります。このような場合には、あなたにその理由を具体的に説明いたします。  また、あなたが臨床研究への参加を辞めたいと思ったときには、いつでも参加を辞めることができます。

重要情報の継続的提供について

 この治療は、まだ臨床研究であり、確立されたものではありません。そのため予期しない副作用が起こる可能性は否定できません。あなたの他にも現在この施設で臨床研究が実施されていますが、あなた以外の患者さんについて、新たな情報(これまでに経験したことのない副作用の発生や予測よりも高い頻度で副作用が起きた場合など)が得られた場合には、できるだけ速やかにお知らせして、あなたに臨床研究を続けるかどうかを確認いたします。

あなたに守っていただきたいこと

 これまで申し上げた通り、重粒子線治療はまだ確立された方法とはいえないため、重粒子線治療後の手術にあたってはあなたの安全性に細心の注意を払いながら進めていきます。また、科学的に有効性や安全性を判断するために、あなたの安全性に重大な影響が考えられる場合を除いて、先にのべた臨床研究計画書を遵守して治療を行います。そのため、以下にお示しした事項をお守りいただくとともに、入院中は医師、薬剤師、看護師、放射線技師など病院のスタッフの指示に従ってください。

(1)治療前、治療中、治療後に異常な症状または著しい体調の変化などがあった場合は、医師または看護師などに直ちにご連絡ください。

(2)治療後の経過観察にはご協力ください。もし何らかの理由で医療機関にかかることができない場合は、担当医師や下記の事務取扱窓口にご連絡ください。

その他

この臨床研究について分からないことがあればいつでも下記の研究担当医師にご連絡ください。

臨床研究担当医師
千葉大学大学院医学研究院先端応用外科講師
島田英昭、松原久裕、岡住慎一
電話 043-222-7171(代表)(内線6439, 6440)

臨床研究実施責任者
千葉大学大学院医学研究院先端応用外科教授
落合武徳

 各種治験や臨床研究にも多数参加しており、条件が合致すれば新規治療を含めた先進治療を受けることも選択肢になります。ご興味やご希望があればご検討ください。不明点や疑問点などもお気軽にお問い合わせいただければ幸いです。

【臨床試験の例】

  • JCOG1109 臨床病期IB/II/III食道癌(T4を除く)に対する術前CF療法/術前DCF療法/術前CF-RT療法の第III相比較試験
  • JCOG1314 切除不能または再発食道癌に対するCF(シスプラチン+5-FU)療法とbDCF(biweeklyドセタキセル+CF)療法のランダム化第III相比較試験
  • JCOG1510 切除不能局所進行胸部食道扁平上皮癌に対する根治的化学放射線療法と導Docetaxel+CDDP+5-FU 療法後のConversion Surgery を比較するランダム化第III 相試験(JCOG1510、TRIANgLE)
  • JCOG1213 消化管・肝胆膵原発の切除不能・再発神経内分泌癌(NEC)を対象としたエトポシド/シスプラチン(EP)療法とイリノテカン/シスプラチン(IP)療法のランダム化比較試験 ・HIMAC1206 II,III期食道癌に対する化学療法併用術前炭素イオン線治療に関する臨床第I/II相試験

 国産技術を応用した新規の遺伝子治療も準備中です。当面は、慎重な審査手続きを進めておりますので、遺伝子治療の登録を一旦停止しております。どうぞご理解のほどよろしくお願い申し上げます。