病気と治療

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グリオーマの基礎研究

岩立康男

私たちは、大学病院の最大の使命は、疾患の予防あるいは将来の患者さんの治癒を目指した先端的医療の研究開発にあると考えており、特にグリオーマに対する新規の診断・治療法の開発に取り組んでいます。

脳腫瘍の早期診断に有用な血清マーカーの開発

腫瘍細胞の生物学的特徴を決めているのは、タンパク質発現の変化であり、多くのタンパク質群が関与しています。私たちは、プロテオミクスという網羅的なタンパク質解析法と、SEREX法という免疫反応を利用した抗原探索法を用いて、脳腫瘍の発生に伴って組織や患者血液中で発現変化するタンパク質を探しています。こういったタンパク質をマーカーとして利用することにより、血液を採取するだけで簡便に行える早期診断や、治療への反応性などより精密な腫瘍の個性診断が可能になると考えられます。すでに臨床応用している薬剤感受性試験に加えてこういったタンパク質レベルでの情報を統合することにより、個々の患者の個性に応じた最適な治療を提供することを目標にしています。また、これらのタンパク質は治療標的として新規薬剤やワクチン療法の開発にもつながるものです。すでに、いくつかの候補タンパクを同定しており、特許申請や論文発表を行っています。

グリオーマに対する免疫遺伝子療法

脳という臓器は免疫反応が弱く、“免疫学的寛容の場”として知られています。このため代表的脳腫瘍であるグリオーマは免疫学的治療の対象になりづらいと考えられてきました。しかし、これまでの私たちの研究から、この寛容状態の一部は、放射線照射して不活化したグリオーマ細胞を皮下に移植することにより解除されることが明らかとなりました。すなわち、もともと免疫寛容の場に発生したグリオーマはむしろ免疫原性が高く、皮下という免疫反応の強い部位では比較的容易に獲得免疫を誘導できるのです。問題は、このようにして誘導されたグリオーマ特異的なリンパ球をどのようにして脳腫瘍組織に集めるか、という点です。これまでに多くの可能性を検討しましたが、現在のところインターロイキン-2(IL-2)というサイトカイン分子を脳腫瘍内で分泌させる方法が最も強力にリンパ球の集積をもたらすことがわかりました。

本治療法の臨床研究に向けて

脳腫瘍内で特定のタンパク質を持続的に発現させるには、脳腫瘍細胞にそのタンパク質をコードする遺伝子を導入する方法が効率的です。しかし、グリオーマのような固形腫瘍細胞に高い確率で遺伝子を導入することは容易でなく、現在一般に用いられているベクター(遺伝子の運び屋)では十分でありません。そこで、我々はDNAVEC株式会社と共同で、センダイウイルスベクターという新規のウイルスベクターの応用を検討中です。これは、遺伝子導入効率が高く、導入された細胞の染色体に組み込まれないために、安全性も高いことが特徴です。さらに、このベクターに遺伝子操作を行い、伝搬性を消失させたΔ型のベクターを作製し、臨床試験に向けた準備を行っています。