病気と治療

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頸動脈狭窄症

小林英一

頸動脈狭窄症について

脳はその活動を維持するため、絶えず心臓から血液の供給を受けていなければなりません。一般に脳と心臓は4本の太い動脈によって結ばれており、そのうち最も多くの血流を送っているパイプが頸動脈です。この内頸動脈に動脈硬化が生じると内腔が狭くなり(狭窄といいます)、脳血流が足りなくなるだけでなく、動脈硬化部から血液の固まりや動脈硬化の破片を脳に飛ばします(これを塞栓症と言います)。その結果、脳の動脈が詰まり、脳梗塞を起こし、神経細胞の壊死を招きます。脳梗塞は、一旦発症すると様々な程度の麻痺や言語障害、場合によっては意識や知能の障害が後遺し、車椅子や寝たきりの生活を余儀なくされる場合も少なくありません。従って将来、脳梗塞の発症の可能性が高いと判断される場合には、発症前に予防措置を講じて発症頻度を下げておくことが望ましいと考えられます。重要なことは今症状があるかではなく、近い将来症状を起こしてくる危険な状態かどうかです。

日本では脳梗塞の原因として、脳自体の血管が原因であることが多いとされてきました。しかし、近年食生活やライフスタイルの変化などによって、この頸動脈狭窄が原因で脳梗塞を起こすケースが確実に増加してきています。

動脈硬化で詰まりかけた血管をバルーン(風船)で拡げているところ

頸動脈狭窄があるか否かは、外来の超音波検査(エコー検査)ですぐにわかります。高度な狭窄が疑われたり、超音波検査で判定が困難な場合には、さらにMRA検査や3次元CTを追加することもあります。

超音波検査の際は、ベッドに横になり、頸部に専用のゼリーをつけて、超音波の送受信機(プローベ)を当てるだけです。多少圧迫感はありますが、痛みは全くなく、5-15分ほどで検査は終了します。放射線を用いていないので、たとえば妊娠中の方にも安全に行うことができ、MRI検査のように閉所でじっとしている必要もありません。結果はその場でわかります。いずれにしても外来で簡単に検査が可能ですので、次の項に述べるような場合は、受診をお勧めします。

頸動脈超音波検査で発見された動脈硬化
(各図の右側の橙色は血流のある部位を示している)

内頸動脈狭窄症を疑う場合

次のような患者様で、未だ頸動脈の検査を受けていない方は要注意です。
外来での超音波検査をお勧めします。

内頸動脈狭窄症の治療について

内頸動脈狭窄症による脳梗塞の発生頻度は、狭窄の強さや形によって左右される事がわかっています。また、高度の狭窄をもつ患者さんは、治療により狭窄部を拡げることにより、脳梗塞の予防効果が得られることが世界的な研究で証明されています。
内頸動脈狭窄症の治療は大きく次の3つに分けられます。

このうち外科的手術や血管内治療は、内科的治療では手に負えなくなったものや内科的治療では予防が難しいものに対してのみ行われます。内科的治療の有用性と限界はよく研究されており、外科手術による利益は次のような場合に認められます。

外科手術(血栓内膜剥離術)とは

外科手術は血栓内膜剥離術と呼ばれ、その名の通り狭窄の原因となっている血栓を変性した内膜ごと摘出してくる手術です。

手術は局所麻酔と全身麻酔との2通りの方法があります。それぞれ利点欠点はありますが、当科では患者さんの精神的ストレスが少なくてすみ、安定した状態で行うことのできる全身麻酔で手術を行っています。(本邦の多くの病院は全身麻酔を採用しています。)

麻酔がかかった後、頸部に6-10 cm程の皮膚切開を置き、頸動脈分岐部を露出します。一時的に頸動脈の血流を遮断し(5-10分程)動脈切開後、内シャントと呼ばれるシリコンチューブを狭窄病変をまたぐようにして置き、脳血流を確保します。その後、丁寧に血栓と内膜を一緒にして摘出し、動脈壁に動脈硬化巣が残らないよう、場合によっては顕微鏡を使用しながら剥離操作を続けます。残った外膜や血管径の状態で、内膜の縫合や血管の径を増すためのグラフト処置(継ぎ当て)が必要になることがあります。最後に内シャントチューブを抜去し、頸動脈・筋肉・皮膚と縫合し、手術は終了します。術野の術後出血を吸引するため、皮下にチューブを留置しますが、通常翌日に抜去します。

術中は脳血流をモニターし、不測の事態に備えます。
実際の手術を以下に示します。

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(1)頸動脈を露出するため皮膚と筋肉に切開
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(2)頸動脈の露出とテープでの確保

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(3)血流遮断のうえ頸動脈の切開

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(4)動脈内の動脈硬化病変の剥離と摘出

血管内治療(ステント留置術)とは

内科的治療では充分効果の得られない高度な狭窄症に対しては、外科手術(血栓内膜剥離術)が行われ、良好な成績が報告されてきました。

さらに近年、大きな皮膚切開や血管への外科操作が不要な血管内治療と言う治療法が、欧米を中心に発達してきました。これは、細くなって詰まりかけている動脈に対して、血管の中から、風船(バルーン)付きカテーテルを用いて拡張しようというものです。さらにステント(金属の細いワイヤーを編んだような径5-8 mm程の筒で、右の図のように柔らかく血管にフィットする)を拡張したあとに留置してきます。ステントは一生血管内で血管を拡張し続け、再狭窄を予防するとともに、血管の内側に新たな膜を形成し、動脈硬化巣を安定させる働きがあります。

麻酔は穿刺部(大腿部または肘部)の局所麻酔と鎮静剤で済み、頸部の皮膚切開は不要です。要する時間は2-4時間程です。

手術に比べて、肉体的・精神的に負担の少ない血管内手術は、高齢者や全身状態の不良な方にも施行可能で、一見理想的な治療のように見えますが、新しい治療法のため、不明な点も残されております。しかし、最近の報告では、手術リスクが高いと推測される下記のような方には、手術よりも、治療成績が良いことが判ってきました。

合併症

外科手術も血管内治療も血管を操作する以上、合併症の可能性はゼロではありません。いったん合併症が発生すると、重篤な後遺症(麻痺・言語障害・感覚障害・視野障害・意識障害・知能障害)を残したり、最悪の場合は生命に危険が及ぶこともありえます。

とくに最近の器具と技術の発達により、その率は明らかに低下してきており、外科手術と比較しても遜色ない成績となってきています。その優劣に関しては、海外を中心に現在大規模な研究が進行中で、その結果を待たなくてはなりません。

外科手術と血管内治療は、競合するものではなく、相補って治療成績を高めるためにあり、その長所・短所をよく理解した上で、患者様にもっとも合った治療をお勧めしています。

主な合併症としては

(1) 脳梗塞
(2) 脳出血
(3) 急性血管閉塞、内膜損傷、動脈瘤
(4) 不整脈
(5) 心臓発作・心不全
(6) 脳神経麻痺(嗄声、嚥下障害)
(7) 皮下血腫による気道圧迫
(8) 創部感染や創傷癒合不全
(9) 大腿動脈穿刺部の感染や仮性動脈瘤形成
(10) その他

(1)と(7)と(8)は手術に、(9)は血管内治療に特有の合併症です。

特に高齢者では様々な持病や危険因子を有する場合があり、全身の術後管理が重要になります。特に脳・心臓・呼吸器・腎臓・肝臓に重大な障害がある場合や血液病・膠原病を持つ場合です。それぞれに応じて専門医との協力のもと治療を進めていきます。

血管内手術は、痛みや侵襲性が少なく、外科手術にない利点を多く持ちますが、新しい治療のためまだ解っていないことも多く残されています。再狭窄の問題もそのひとつです。当科では以前より積極的に血管内手術を行ってきており、この治療によって得られる利益が、他の治療に優ると考えられる場合は、血管内手術をお勧めしています。

以上簡単に頸動脈狭窄症に関して説明してきましたが、詳しくは外来で、専門医におたずね下さい。