病気と治療

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児童虐待

児童虐待と脳神経外科

千葉県こども病院 院長(脳神経外科)
伊達裕昭

平成16年度に児童相談所が処理した虐待件数は32,979件に上り、児童虐待は社会問題にもなっています。虐待を受けた子を早期に発見し対処することは子どもの安全保護と虐待の再発防止の観点から極めて重要で、救急疾患を扱う脳神経外科医の大きな役割の一つです。虐待している保護者は「これが教育方針だ」「これはしつけだ」と言う事が多いのですが、虐待かどうかの判断はあくまでこどもの視点で行うべきです。子どもが発する苦痛のサインを見逃がし、虐待の実態を軽視することは、医療者が虐待に加担することになると認識すべきです。

虐待の定義

「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年11月)によれば、『「児童虐待」とは、保護者がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう.)に対し、次に掲げる行為をすることをいう。

 一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること
 二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること
 三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること
 四 児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと』

と定義され、上記の四種の虐待はそれぞれ身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待と呼ばれます。脳神経外科が担当するのは身体的虐待による頭のけが(頭部外傷)です。

身体的虐待としての頭部外傷

一般的に虐待を受けやすいのは育児に手のかかる子です。しかし虐待による頭部外傷はごく普通の子どもが犠牲になる場合も多く、乳児~学童期前の小児の頭のけがの4-24%は虐待によると言われます。まず疑いを持って診察することが重要です。

身体的虐待では外傷を受けたことを隠して来院することも多く、親の話はあいまいで要領を得ず、問い直すことにより説明内容が変わったりもします。症状としては、意識障害・痙攣発作・呼吸障害・摂食不良・易刺激性などが多く、痙攣発作も頻度高く認めます。眼底出血は虐待による外傷を強く示唆する所見と考えられています。

目撃者のいない乳幼児の不審なけがで、頭蓋内に急性硬膜下血腫やくも膜下出血を認める場合には一度は虐待を疑います。また急性期に虐待が見逃された結果、慢性硬膜下血腫として見つかることもあります。2才以下で虐待による頭部外傷が疑われる症例では全身の骨検査を行い、骨折痕の有無を調べることも推奨されます。

頭部外傷といっても必ずしも顔面や頭部に打撲の痕があるとは限りません。

頭に直接的な力が加わらなくとも、同じような病態を生じる虐待のメカニズムとして“揺さぶられっ子症候群”が知られています。これは頸の座りが未熟な乳幼児の上肢や胸部をつかみ、前後へ激しく揺さぶることで、外表面に外傷の痕がないにもかかわらず強い脳損傷や硬膜下血腫、眼底出血を引き起こすものです。

虐待による頭部外傷の死亡率は15-27%とも報告され、極めて重症な経過をたどります。生存してもその後に正常に発達できるのは11-41%に過ぎないと言われます。従って、早期発見とともに再発の予防が重要なのです。

虐待を見つけたら

虐待は徐々にエスカレートすることが一般的で、虐待を受けて育った子はまた成長して自分の子を虐待する傾向があります。確信がなく疑わしい場合でも関係機関と連携して、その後の子どもの安全を確保することが虐待の再発防止のために重要です。

虐待の通報および相談は児童相談所に行います。虐待者である保護者自身も助けを求めており、児童相談所の介入を受け入れることが多いものです。医師はけがをした子どもの治療に専念して保護者との信頼関係を築くことに努め、虐待者である保護者を非難するような言動は避けるべきです。

児童相談所は虐待の通告を受けた場合、速やかに当該児童の安全の確認を行うとともに、必要に応じて一時保護を行うことができます。一時保護は親の同意も裁判所の許可も不要であり、虐待を受けた子の安全を緊急に確保するために親子の分離が適当と判断される場合に適応されます。