POLICY

HOME > ABOUT US > POLICY

当センターで実施する諸検査の方針

目的

当センターでは、死者及び遺族等の権利を擁護し、生命の尊重と個人の尊厳を保持するとともに、犯罪や事故の発見及びそれらの究明、公衆衛生の向上等を通じ、現在暮らしている県民の健康と安全・安心を守ることを目的として、解剖及び諸検査を実施しています。特に犯罪性の有無を適切に判断するためには、適切な解剖と検査を実施することが不可欠であり、当センターでは以下の基準を作成し、解剖及び諸検査を実施しております。

解剖

被害者である御遺体は最も重要な証拠であり、体表の損傷のみならず、その深度や内部の臓器損傷の程度など、全身の詳細な検索が不可欠です。当センターの解剖では頭蓋腔、胸腹腔を必ず開くほか、背部は必ず皮膚を切開したうえで皮下を観察し、外傷の有無を判断しております。背部の皮膚は厚く、打撲されていても外表に痕跡を残さないことが多々あるためです。このため当教室での解剖時間は、最短でも2時間程度を要します(白骨を除く)。また、死亡原因が病死である場合のみならず、他殺であることが明らかであっても、犯罪発生の背景に死者の病気が関係することがあり、また他者による傷害行為に続発して病気が発生することも多々あることから、脳、心臓、肺及び腹部諸臓器の肉眼観察・写真撮影ならびに解剖後の顕微鏡による組織検索をルーチンで行っています。また、後日新たに病変の広がりの確認や、再鑑定が必要になった場合のために、一部の臓器をホルマリン固定して保管しています。解剖時には可能な限り血液や尿を採取し、薬物検査や生化学検査等の検体として分析、保管しています。一部の高度腐敗や白骨などを除くすべての事例で、上記のような徹底した解剖により、死因検索及び犯罪の見逃し抑止のために一期一会の精神で御遺体と日夜向き合っています。

CT検査

CT検査は、X線を用いて、ご遺体の体内を観察する検査手法です。この検査は可能な限り全解剖事例に施行する必要があります。解剖に加えて全事例でCT検査を必要とする理由には以下の様なものがあります。

  • CTは非侵襲的検査:侵襲的検査である解剖は一度施行すればそこから結果を再確認するためには写真を見直すしかありません。写真が撮影されていない部分については再検討できません。CTは解剖施行直前のご遺体の全身状態を非侵襲的に保存しておくことができ、事件の全貌が明らかになる中で新たに検索が必要になった部分について、再検討が可能です。
  • 金属片を簡便に検出:銃創や刺創のあるご遺体ではたとえ死因が判明していても体内から重大な証拠である金属片を回収することが犯人逮捕/凶器特定につながる情報となりますが、解剖では時にこの作業が困難となります。金属片の検出は解剖よりもCTが優れています。
  • 空気を簡便に検出。:体内の空気はときに死因になります。(気胸や空気塞栓など)目に見えない空気の検出は解剖は不得意であり、CTが優れています。
  • 全身の骨検査:解剖では剖出しにくい骨があります。交通事故では骨折の全貌を解剖のみで明らかにするのには限界があります。また、身体虐待などにおいて見受けられる多発する陳旧性骨折は解剖での検出は時に困難を伴います。全身骨のスクリーニングはCTが解剖よりも優れている非常に重要なポイントです。
  • 個人識別:生前にCTを撮影されている場合、解剖前CTとの比較で個人識別が可能です。また、剖出しにくい部位の手術痕もCTがあれば見逃すことはありません。これは白骨やミイラと言った変性の強いご遺体でも適応できる考え方であり、変性が強いからと言ってCTは意味がないという考えは誤りです。
  • 3D画像再構築による裁判への応用:裁判員のPTSDが問題になっています。CTの3D画像あるいは3Dプリンターによって出力されたものを裁判において、解剖写真に代替することで比較的精神的ストレスの低い証拠画像を提供できます。

なお、CT検査の結果は、解剖検査結果と似ている様でいて質的に異なるものです。特にある病変や損傷が生前に存在していたものかどうか(生活反応)についてCTは解剖に比して正しく判定しにくいという問題があります。当センターではCT検査のみを施行して、解剖検査を一部省略する等という使用方法は考慮していません。(ただし、警察の状況捜査の結果、CTを利用した検案が必要と判定されたご遺体に対してCT検案を行い、解剖の要否を含めた検査結果報告を作成する「CT検案」は従来の外表検案に比して有用性が高いと考えられ、依頼に応じて施行しております。)

死後血管造影検査

解剖時において、血管病変は、時に剖出が困難であり、病変を検出できない場合や、検体を破壊してしまう危険性があります。その結果、正確な死因診断を行えない場合があり、このような、不正確な死因診断と証拠保全の不確実性が、鑑定に基づいて行われる司法的判断に支障をきたす可能性があります。

近年の法医学領域における、CT検査の導入に伴い、このような血管病変の検索に対して、非破壊検査である、死後血管造影の適応が期待されており、当センターにおいても、その有用性を報告してきました。当センターでは、主に虚血性心疾患が疑われる事例および、くも膜下出血事例に対して、死後血管造影検査を行い、正確な死因診断および鑑定精度の向上に努めています。

薬物検査

全例で実施すべき検査。ご遺体の生体資料中の薬物を検出・定量し、その結果は死因に薬物が関連するか否かを判断するための一判断基準として使われます。

薬物関連死としては、青酸カリウム中毒のように特有な解剖所見が認められる薬物中毒死は、実際はごく稀であり、最近では急性薬物中毒のような直接的に薬物が関与した事例以上に、間接的に薬物が関連するような事例(覚せい剤・危険ドラッグ使用が起因したと思われる脳内出血・心筋梗塞、睡眠薬を呑まされた後の殺人等)が散見されます。このような場合の多くはご遺体資料から検査・分析を行なって初めて薬毒物が寄与していたことが明らかになります。また薬物検査を行わなければ、死因に「薬物の関与がない」ことを断言することもできません。

このため、千葉大学法医学センターにおいては、薬物検査を全例において実施しています。200種類以上の薬毒物成分を検査し、その成分の血中濃度・尿中濃度を評価しています。捜査機関で実施される薬物検査では覚せい剤等違法にあたる薬物が資料に含有されるか否かといった点に関心があり、そうした薬物の正確な同定(定性検査)に主眼が置かれています。しかし、法医分野においては正確な同定(定性検査)を行うだけでは不十分であり、その薬物成分の資料中濃度がヒトに対して害をもたらす量であったか否かを判断する定量分析をすることまで求められます。資料中の薬物濃度を測定する場合、測定装置の日々の精度管理が重要であるため千葉大学法医学センターでは機器分析専門の人材を置き、日々薬物検査を実施しています。

COHb濃度測定

一酸化炭素中毒か否かを判断するために必要不可欠の検査です。

血液中のCOHb濃度を測定する検査です。ヘモグロビンは酸素と結合し、オキシヘモグロビンになることによって生体内組織に酸素を運びます。しかし酸素以上に一酸化炭素はヘモグロビンに結合しやすく(酸素の300倍結合しやすい)、一酸化炭素を多量に吸うと、多量に形成されたCOHbによりヘモグロビンによる組織運搬が妨げられます。また更には生成されたCOHbにより、残りのオキシヘモグロビンの酸素運搬機能を障害し、組織ヘの酸素供給をより一層妨げられ、一酸化炭素中毒となります。このため、一酸化炭素中毒か否かを判断するためにはCOHb濃度が非常に重要な判断要素となります。当センターでは火事や練炭を使用していた等の一酸化炭素中毒になりうるような全事例において、COHb濃度測定を行っています。

アルコール検査

アルコールが死因に関与しているか否かを判断するために必要不可欠の検査です。

アルコールが直接関与するアルコール中毒はもちろんのこと、アルコール飲酒による喧嘩、意識混濁による事故など、間接的にアルコールが死因に関与することは多々あるため、全例で行うべき検査です。

アルコールとはエタノール(エチルアルコール)のことを指します。機器分析により、血液・尿中エタノールの濃度を測定し、アルコールの影響下にあったかどうか判断します。

法医分野においては、生前に飲酒していないご遺体であっても、腐敗によりエタノールが産生されるため、エタノールが検出されてしまうことがあります。死後産生ではアセトアルデヒド、アセトン、n-プロパノール、メタノール、n-ブタノール、イソブタノールなどの物質も同時に産生されるため、これらの物質もエタノール検査の際に同時に測定を行い、死後産生の可能性を確認することが大切です。

病理組織検査

病理組織検査とは、解剖時に御遺体より採取された臓器や組織から顕微鏡標本を作製し観察する、疾患の診断や病因の究明を目的とした検査です。正確な死因診断のためには、解剖による肉眼的な所見のみならず、この組織学的検査を含めた諸検査の結果の総合的判断が必要とされます。例えば、くも膜下出血事例において、内因発症と外因発症を鑑別するためには、血管破綻部の組織学的所見の差異が、その根拠となる場合があります。また、当初、飢餓死と思われていたものが、病理組織検査により心筋炎と診断されたように、肉眼的所見における死因と異なる診断が下される事例や、組織検査の結果をもって、最終的な死因が決定される事例の数は少なくありません。さらに、種々の臓器における組織学的な詳細な評価は、単なる直接的な死因の判断だけでなく、癌の組織分類や当該死因の病態の理解など、医学的側面においても、重要な役割を担っています。従って、我々は検体採取が困難な例(白骨遺体など)を除き、全例において病理組織検査を行っています。

生化学検査

血液や尿等を用いた検査です。臨床医学では広く行われており、例えば健康診断で肝機能がひっかかってしまった、等の場合もこの検査に含まれます。司法解剖においても全例で実施すべきことが望まれます。解剖検査は形態的異常を調査しますが、生化学検査は機能的な問題を調べるものです。薬毒物検査にも通じますが、肉眼的に明らかな異常のない死因を診断するための根拠となる検査です。たとえば、急激に進行した著明な高血糖や高ケトン血症で死亡した場合、肉眼的に確定診断を下すことは殆ど不可能です。生化学検査を施行することで、より確かな診断を下すことが可能になります。このように、生化学検査は解剖とは異質の、正確な死因の診断には欠かすことのできない検査です。死後変化によって、生体で用いられる全ての項目が利用可能というわけではありませんし、臨床基準値をそのまま適応することもできないため、判断には専門性が求められる検査でもあります。

歯科検査

身元不明死体の場合、個人識別は死因究明とともに重要な鑑定事項です。本来、個人識別の三大手段とは、指紋・歯科所見・DNA型であり、客観性の高い方法によるものですが、わが国では、いまだに顔貌、所持品と言った主観の伴う手段により行われています。当センターでは、身元不明死体の全例において、歯科医師2名のダブルチェックにより、歯科所見を採取し、死後記録を作成し、必要に応じて口腔内のレントゲン写真撮影を行っています。日本では、医師及び警察官が死後記録の作成を行うこともあります、先進国では、歯科医師の採取した死後記録でないと信用されません。また、該当者と思われる人物のカルテ、レントゲン写真等から生前記録を作成し、死後記録と生前記録の照合を行いますが、カルテ内容を理解するのは歯科医師でないと困難であると思われます。東日本大震災では身元の取り違えもみられましたが、照合に関しては2つ以上の異なる手段により決定することが望ましいと考えられます。

DNA鑑定

法医学におけるDNA鑑定は、生体や死体もしくは死体の一部分について、それが誰であるかを識別することです。生体においては薬物使用者、強姦加害者、乳幼児あるいは他人になりすましたり、黙秘したりする事件容疑者などがその対象者となります。また、死体においては、腐乱死体、焼死体、水中死体あるいは白骨死体など身元不明死体の場合が多く、死体の個人識別を確実にすることが事件解決の第一歩となり重要な鑑定事項の一つとなります。最近では大災害、旅客機、鉄道の爆発テロなどが多く、バラバラに切断された死体など、完全に一体分がない場合もあり、分離された個々の物体について個人識別を行わななければなりません。また、諸外国では全ゲノム解析を行い、解剖遺体の疾患遺伝子を検出することで、解剖や病理所見からは判定が困難である死因の診断が可能になってきています。死体からのDNA抽出は生体からのDNA抽出とは異なり困難であることが多く、また、出てきた結果をどのように判断するかは、専門的な知識が求められる検査になります。

その他の検査

プランクトン検査

水中死体の肺や腎臓の珪藻類の存在を検査することによって、生前に水に入ったか否かを判定します。この検査は強酸で有機物を溶解させ、顕微鏡により残った組織のなかの珪藻類の有無及び密度を確認するもので、壊機試験と呼ばれています。当センターでは、溺死が疑われるすべてのご遺体についてプランクトン検査を実施しています。

精液検査

女性の膣内に精液が存在するか否かを検査するもので、主に姦淫の有無の判定に用いられますが、強姦被疑事件以外でも死亡直前の性交渉の有無が被疑者を特定する際、焦点になる場合もあります。精液の有用なマーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の試験を行い、陽性と判定されたものについて精子鏡検を行っています。

ウィルス検査

血液の中のウィルスを検査することは、一定の感染症の有無が分かるだけでなく、解剖や検査にあたる職員を感染症の被害から守ることにつながります。現在、採血できる全死体について、HBs抗原(B型肝炎)、HCV抗体(C型肝炎)、TP抗体(梅毒)、HIV1/2抗体(HIV)、HTLV-1抗体(成人T細胞性白血病)の検査を行っています。