肺高血圧症

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肺高血圧症の歴史的背景

2014年8月


ヒトの肺循環と肺高血圧症

 肺循環は心臓から拍出された血液が肺をめぐり,心臓へ還流する体内循環の一形態である. 肺循環の過程にはガス交換の過程を含み, ヒトの生命活動に直結する循環系である. 右室から拍出された血液は肺動脈を通り, 肺二次小葉に達する. その後, 径10μmほどの毛細血管にまで枝分かれし直接接する肺胞との間でガス交換が行われる. ガス交換が行われた血液は次第に集まりながら肺静脈へ合流し, 更に分枝を集めながら, 左房へ到達する(図1). 右室から左房に達するまでの肺循環時間はおよそ5-6秒,肺血流量はおよそ3.6-4.0 L/min/m2とされる. (日本臨床生理学会雑誌 1982;12:79).
 肺循環の駆動圧は右室収縮期圧に依存し, 肺動脈収縮期圧は右室駆出期圧と等しい. 拡張期圧は肺動脈弁の閉鎖により維持される. 安静時平均肺動脈圧の正常値は 15mmHg以下である (新・心臓カテーテル検査(改訂第2版) 1990年, 南光堂). 「肺高血圧症」は基準を超えた肺動脈内圧の上昇をきたす病態と定義され, 「右心カテーテル検査で計測した肺動脈平均圧が25mmHg以上」が血行動態上の定義となる.

 それ以外の「右心カテーテル検査で計測した肺動脈平均圧が25mmHg以上かつ肺動脈楔入圧 (PAWP)が12mmHg以下」の疾患群は病態の首座が肺動脈領域であるとされ, 前毛細血管性肺高血圧症とも呼ばれる. 慢性閉塞性肺疾患 (COPD), 間質性肺疾患 (ILD)などの慢性呼吸器疾患などによる肺高血圧症は「3群」, 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 (CTEPH)は「4群」, そのほかの全身疾患に伴う肺高血圧症は「5群」と分類される.
 一義的に肺動脈リモデリングを来たす明確なリスクがある病態は「1群」と分類されている. 薬物による肺高血圧症 (薬剤性肺高血圧症)は「1.3群」に分類されるが, 本邦ではその頻度は低いと考えられる(図3). 当科では漢方薬によると考えられる薬剤性肺高血圧症を経験している(5). 膠原病, HIV感染, 門脈圧亢進症など各種疾患に伴う肺高血圧症 (Associated with PAH: APAH)は「1.4群」に分類される. 特に膠原病では肺高血圧症は予後を規定する重要な因子となっており, 臨床上極めて重要である (Ann Rheum Dis 2003;62:1088, Rheumatol Int 2013;33:1655).
 こうした他要因による肺高血圧症を除外した特発性ないし遺伝子異常による肺高血圧症がそれぞれ「1.1群」「1.2群」へ分類される.

歴史的背景と概念の変遷(1)

(1)海外における肺高血圧症の発見

 原因不明の高度の前毛細血管性肺高血圧症をきたす疾患群は原発性肺高血圧症 (Primary pulmonary hypertension : PPH)と呼ばれていた. 1891年ドイツ人医師Rombergによる肺動脈の拡張と硬化および著明な右室肥大を呈した剖検例を” Sklerose der Lungenarterie (肺動脈に認められる硬化性病変)”として記載したのが初の肺高血圧症の報告例とされる (Dtsch Arch Klin Med. 1891;48:197). 1897年Eisenmengerにより先天性心疾患に伴う肺高血圧症患者で肺動脈の様々な組織学的変化が認められることが報告された (Klin Med 1897; 32: 1). 1951年Dresdaleらは心疾患や呼吸器疾患などの他疾患との関連が明らかでなく, 一義的に肺動脈リモデリングおよび肺高血圧をきたすPPHという疾患群が存在する事を報告した (Am J Med 1951;11:686). さらにDresdaleらはPPHが家族内発症をきたしうることを記載している (Bull N Y Acad Med. 1954;30:195). 1950年代には現在までつながる肺高血圧症の概念のかなりの部分が形作られていたことが分かる.

(2)右心カテーテル検査の歴史

 肺高血圧症の診断に必要な右心カテーテル技術の開発・進歩も肺高血圧症の疾患概念の形成に欠かせない. 1926年Forssmannは腕を切開し尿道カテーテルを右心房まで到達させ,心臓カテーテル挿入に世界で初めて成功し記録に残した (Klinische Wochenschrift 1929;8:2085). 1940年代にはCournandらが右心カテーテル法による圧測定, 心拍出量の測定などのプロトコルを確立した(J Clin Investig 1945;24:106) (両者とも1956年にノーベル生理・医学賞受賞). 1970年にはカテーテル先端にバルーンが付いたSwan-Ganz カテーテルが開発され(N Engl J Med. 1970;283:447), 肺高血圧症診断の進歩に大きく寄与した.

(3)疾患概念の確立と分類の変遷

 疾患概念や診断法の確立, また1960年第後半に食欲抑制薬による肺高血圧症が注目を集めたことなどから1970年代から国際会議においての疾患が意見の統一が図られるようになった. 1973年WHOにより第1回国際専門家会議が開かれ, PPHの診断基準, 概念の統一などに関する報告を行っている. その後いくつかの国際会議を経て疾患概念の修正を経た後, 2008年ダナポイントで行われた国際会議にて, 膠原病, 先天性心疾患, 門脈圧亢進症などの疾患で発生する肺高血圧症がPPHと類似した臨床病像, 肺血管リモデリング所見を伴うことから, これらを包括し肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension : PAH)と命名することが提唱された (J Am Coll Cardiol. 2009;54:S43). さらに遺伝的素因が明らかになった肺高血圧症については遺伝性PAH「Heritable PAH (HPAH)」と分類され, 様々な病態が混在していた”PPH”という用語は2008年以降使用されなくなった. ダナポイント会議で肺静脈閉塞症(Pulmonary veno-occlusive disease: PVOD)および肺毛細血管腫症(Pulmonary capillary hemangiomatosis: HCM)が「1’群」, 2013年ニースで行われた国際会議で新生児遷延肺高血圧症が「1”群」として分類され, 肺動脈性肺高血圧症及びその類縁疾患についての現行の分類は次項に示す通りとなっている(J Am Coll Cardiol 2013;62:D34).

(4)本邦における肺高血圧症

 本邦では1912年(大正元年)に「肺動脈硬化並びに血塞生成の二例」の剖検例の報告がみられる (日本内科学会誌 1912;8:165). 第一例(45歳男性) 「左肺下葉肺動脈枝ノ根部ヲ槍スルニ内膜ニハ結締織肥厚アルモ一様ナラズ、中ニ平滑筋繊維ヲ交フルモノアリ」「弾力繊維緻密ニシテ厚キモ肥厚著明ナル所ニテハ微細二分裂セリ。新生血管ノ周園ニハ圓形細胞ノ浸潤著シク、之ニヨリテ縦斷セラル、部分アリ」、第二例(22歳男性)で「兩肺動脈ニ於ケル「アテローム」性硬變症」とそれぞれ現代におけるCTEPHおよびIPAHを想起させる病理所見が記載されている. いずれも「心臟ハ大サハ屍體手拳ヨリモ約三倍大ニ達シ」と心不全を呈し, 生前診断は「僧帽弁閉鎖不全症」となっている。右心カテーテルによる肺動脈圧測定が可能になる数十年前であり無理からぬ事である.
 第1回WHO会議に呼応し1975年に厚生省特定疾患原発性肺高血圧症調査研究班(班長:笹本浩)が設置され, PPHの診断基準が作成された. 当科初代教授である渡邉昌平先生が1976年より初めての全国規模の調査を行い, 135例のPPH患者は 女:男 = 2:1と女性に多いが, 10代までは性差を認めないPPHにおける性差の特徴や, 年齢や肺動脈圧と肺動脈の病理学的所見についての検討を報告した(2). 1991年当科2代教授 栗山喬之先生が2回目のPPHの全国調査を行い, 中間生存期間32.5ヶ月と極めて予後不良であることを報告した(3,4). 1996年度から, 厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班(班長:栗山)において PPHの診断基準があらたに作成され, 1998年に特定疾患医療給付対象疾患に認定された. 2008年のダナポイント分類への変更に沿う形でPPHの診断基準は「PAH診断基準」として改正が行われた.

現在の肺高血圧症の分類

 肺高血圧症の共通の定義は「右心カテーテル検査で計測した肺動脈平均圧が25mmHg以上」である. それぞれの病態の首座・成因などにより分類される.
 「肺動脈楔入圧 (PAWP)が12mmHg以上」である肺高血圧症は左心疾患に伴う後毛細血管性肺高血圧症とも呼ばれ, 「2群」に分類される. PVOD, PCHではしばしばPAWPが12 mmHgとなるが, PAHの類縁病態であるとされ, 「1’群」とされている.

 それ以外の「右心カテーテル検査で計測した肺動脈平均圧が25mmHg以上かつ肺動脈楔入圧 (PAWP)が12mmHg以下」の疾患群は病態の首座が肺動脈領域であるとされ, 前毛細血管性肺高血圧症とも呼ばれる. 慢性閉塞性肺疾患 (COPD), 間質性肺疾患 (ILD)などの慢性呼吸器疾患などによる肺高血圧症は「3群」, 慢性血栓塞栓性肺高血圧症 (CTEPH)は「4群」, そのほかの全身疾患に伴う肺高血圧症は「5群」と分類される.
 一義的に肺動脈リモデリングを来たす明確なリスクがある病態は「1群」と分類されている. 薬物による肺高血圧症 (薬剤性肺高血圧症)は「1.3群」に分類されるが, 本邦ではその頻度は低いと考えられる(図3). 当科では漢方薬によると考えられる薬剤性肺高血圧症を経験している(5). 膠原病, HIV感染, 門脈圧亢進症など各種疾患に伴う肺高血圧症 (Associated with PAH: APAH)は「1.4群」に分類される. 特に膠原病では肺高血圧症は予後を規定する重要な因子となっており, 臨床上極めて重要である (Ann Rheum Dis 2003;62:1088, Rheumatol Int 2013;33:1655).
 こうした他要因による肺高血圧症を除外した特発性ないし遺伝子異常による肺高血圧症がそれぞれ「1.1群」「1.2群」へ分類される.

当科業績を中心とした参考文献
  1. 須田 理香, 田邉 信宏. 【希少呼吸器疾患】 肺動脈性肺高血圧症. 呼吸器内科 2012;22:123-131.
  2. Watanabe S, Ogata T. Clinical and experimental study upon primary pulmonary hypertension. Jpn Circ J 1976;40:603-610.
  3. 栗山 喬之. 肺高血圧症の臨床. 日本胸部疾患学会雑誌 1992;30:3-11.
  4. Okada O, Tanabe N, Yasuda J et al. Prediction of life expectancy in patients with primary pulmonary hypertension. A retrospective nationwide survey from 1980-1990. Intern Med 1999;38:12-16.
  5. Sakurai Y, Tanabe N, Sekine A et al. Spontaneously Remitted Pulmonary Arterial Hypertension Associated with the Herbal Medicine "Bofutsushosan". Intern Med 2013;52:1499-1502.