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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2019年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、検案、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 解剖数をみると、総数で昨年の439件から27件減少し412件となった。司法解剖は昨年の数字を上回り史上最高となったが、行政解剖、調査法(新法)解剖がともに減少した。様々な原因が考えられるが特に調査法解剖が減少した一因は、2017年、成田市に開設された国際医療福祉大学で本格的に解剖が行われ始めたことによるものである。千葉県全体では増加したと言っても、死亡者数の増加に対応した解剖数でしかなく、また他県と比較しても決して高い解剖率であるとは言えない。

 2014年6月に制定された「死因究明等推進計画」に基づいて千葉県でも2016年3月に「死因究明等推進会議」が設置されているが、まだ目立った成果が得られてはいない。2020年4月に施行される死因究明等推進基本法により、わが国の死因究明等の施策が前進することに期待したい。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2019年の千葉県の人口は約628万人、同年中の死亡者数は62,164人、警察の死体取扱数は9,019件(前年比3.9%増)(刑事8,777件、交通242件)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖(千葉大学以外もあり)が431件(刑事396件、交通35件)、それに海上保安庁(千葉・銚子)4件、千葉地方検察4件を加えると、司法解剖総数は439件(前年比10.9%増)。行政解剖(承諾解剖)の9件、死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)46件を加えると法医解剖数494件(前年比10.2%増)であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.8%だった。前年と比較すると、法医解剖数は7件(1.4%)の増加だった。

 一方、2019年に当センターにおいて、363件の司法解剖、9 件の行政解剖(承諾解剖)、40件の死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)の合計412件の法医解剖(前年比27件、6.2%減)を行い、別途4件についてCT検案を行った。司法解剖のうち、347件が千葉県警(322件が刑事部、25件が交通部)、4件が海上保安庁(千葉・銚子)、4件が千葉地方検察、8件が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。行政解剖は9件中5件が刑事部、4件が交通部の扱いだった。

2018年度より、千葉中央署が警察嘱託医の方々に嘱託している検案業務の一部を当センターが行うことになり、センター所属医師が16件の検案を行った。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、千葉県では、警察の取扱死体のDNA型鑑定については、原則として県警の科学捜査研究所で行っているため、千葉県警からの鑑定依頼はなかった。海上保安庁からの依頼に加え、他大学との連携協定による千葉以外の事案の鑑定にも協力している。

 臨床法医学については、千葉県及び千葉市の児童相談所、千葉地検および千葉県警等から計98件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答で協力を行った。

 県内の小児科医、行政、司法等の関係者が子どもの死亡事例に関し情報交換し、再発防止のための議論を行う「千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビュー/CCDR)」を、3回開催した。

 

司法解剖

 本年は361人のご遺体について司法解剖を行った。(概況では363件としているが、同一人物と推定されるものがあったため差が出ている。)以下、その内容を概説する。

表1 日本以外の国籍の遺体は3地域13体だった。

表2 死因の種類でみると、内因死が57体で16%、不慮の事故が101体で28%、自殺が61 体で17%、他殺が 19体で5%、不詳の外因が36体で10%、不詳の死が87体で24%だった。本年は例年と比べ他殺が少なく自殺が多かった。男女別でみると、男性が女性の約2.2倍であり、他殺の被害者以外の死因の種類は男性が女性を上回っていた。

表3、4 年齢別でみると、総数で65歳以上が全体の57%と高齢者の割合が高かった。平均は60歳、中央値は67歳だった。死因の種類別の平均年齢については、自殺が53歳、他殺が58歳と比較的低年齢であり、内因死は66歳、また不慮の事故は62歳だった。月別の件数については1月から4月が特に多かった。

表5、6 内因死については件数が少なく、一般的な傾向を述べるまではいかないが、心疾患、脳血管疾患、悪性新生物、肺炎という一般の死因統計で上位の死因と類似した結果だった。年齢別では、65歳以上が過半数を占めたが、若年、壮年のなかにも、循環器系疾患によると思われる突然死事案がみられた。また、低栄養や脱水が背景にある死亡も数件あった。

表7、8 不慮の事故については例年同様火災に伴う死亡が多く、次に交通事故、溺死・溺水が続いた。「その他」のなかには、熱中症、低体温症、診療関連死、他に分類されない労働災害がある。年齢別では特に火災事案のうち75歳以上の例が約3分の2を占め、例年以上に高齢者の退避の遅れによる被害が目立った。

表9、10 自殺の手段については、全国の統計と同様、縊死が第一位だったが、溺死がそれに続いた。溺死には自殺と確定できないため不詳の外因に含まれている事案も多い。本年は特に中毒による自殺が目立った。年齢別では、若年層から高齢者まで幅広く分布している。

表11、12 本年は他殺事案が例年に比べ少なかったが、例年以上に女性被害者の割合が高かった。他殺の手段については、刺殺、絞殺・窒息が上位だった。他殺の被害者は全年齢に分布している。

 不詳の外因36体中、16体の直接死因が溺死、1体が焼死だった。自他殺あるいは事故への分類が確定できないものがこれに含まれている。

 不詳の死87体中、64体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。他は、急死の疑いがあるものの死因を特定できないもの、内因、外因の判断ができないもので、死因の推定が困難なものだった。

 

行政解剖(承諾解剖)

 9体のうち、6体が男性、3体が女性、年齢は最高74歳、最低は14歳、年齢の平均は55歳、中央値は53歳だった。死因の種類は内因死が6、不慮の事故が1、不詳の外因が1、不詳の死が1だった。例年同様、この解剖に回る事案の大半が内因死だが、調査法解剖と異なりご遺族が解剖を希望する事例が多い。

 

  

死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)

 前年の70体と比べ、本年は40体と減少した。そのうち、24体が男性、16体が女性、年齢は最高88歳、最低生後4月、年齢の平均は55歳、中央値は51歳だった。死因の種類は、内因死がトップだったが、不詳の死が次に多かった(表13)。内因死では、心疾患(3)、脳血管疾患(3)、消化器系の疾患(4)が多く、不詳の死では、特に青壮年の突然死(5)が目立った。自殺の6例中5例が薬物中毒または一酸化炭素中毒が関与していた。年齢の分布(表14)は、司法解剖と比べ35歳~54歳が多かったが、事件性はないと思われるが死因不明の壮年層の遺体がこの解剖に回ったものと推察される。月別にみると(表15)、上半期と下半期の数に大きな差があることが分かった。特に内因死をみると、上半期は30体中16体(53%)であるのに対し、下半期は10体中1体(10%)しかなかった。

 

  

子どもの死

 本年は、18歳未満の子どもの死亡が、司法解剖で20体、調査法解剖で1体の合計21体あり、内因死が1、不慮の事故は4、自殺はなく、他殺が2、不詳の外因死が3、不詳の死が11だった。不詳の死のうち9例はゼロ歳児の突然死だった。

 

CT検案

 全4件のうちCTのみで終わったのは1体で、残りの3体は司法解剖が実施された。なお、CTについては、司法解剖、調査法(新法)解剖、行政解剖の全遺体について解剖前に検査を実施し、当センター所属の放射線科医が読影を行っている。また、まだ研究段階ではあるが、MRI(磁気共鳴画像)の撮影も行っている。

 

歯科法医学

 千葉県警、海上保安庁等からの嘱託により、歯牙鑑定を実施し、身元の特定にあたった。公式に依頼を受けたもの以外でも、ほぼすべての身元不明の遺体について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。また、連携協定に基づいて、東京医科歯科大学法歯学分野とともに、東京大学および国際医療福祉大学で法医解剖を実施した身元不明死体の歯科所見採取を共同で行っている。また、当センターに依頼された児童相談所事例は、ほぼ全例において歯科所見採取を行っている。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、海上保安庁、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検または警視庁から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

法中毒学

  検体を採取できるすべての遺体について簡易検査に加え、質量分析器(GC/MS, LC/MS/MS, LC/QTOF-MS)を用いた薬毒物検査(定性分析・必要に応じて定量分析)を実施している。また、連携協定に基づいて東京大学、国際医療福祉大学で行われた解剖に付随する薬毒物検査を行っている。本年検出した主な薬物は以下(表16)のとおり。

 

臨床法医学

 千葉県及び千葉市児童相談所等からの依頼によって、児童虐待、家庭内暴力に関連する意見書を68件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計30件について、傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。なお、2018年7月に千葉大附属病院小児科に臨床法医外来を開設し、病院の小児科と法医学教室が連携することによって、検査体制を充実させ、他の専科の協力も得ながら、虐待などによる損傷の評価を行っている。

 

千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビューCCDR)

 第11回(1月)事例検討2例に加えて解剖前に法医学者からご遺族に説明を行った行政解剖事例について紹介した。また、日本小児科学会子どもの死亡登録検証委員会による小児死亡事例に関する登録・検証システム確立に向けた実現可能性検証に関する研究の千葉県内参加施設の事例検討会を後援した。

 第12回(5月)死因究明等推進基本法案について及びHomicideーSuicide(いわゆる無理心中)について勉強会を開催した。また、加害者側に精神科疾患の関与が疑われるいわゆる無理心中事例検討を3例実施し、医学的および社会的背景について討論した。

 第13回(9月)京都大学法医学教室におけるCDRの取り組みについてご講演いただいた。育児ノイローゼや不適切養育、精神疾患のあった保護者によるいわゆる無理心中事例の3例の事例検討を行い、主に社会的背景について議論を行った。

 

DVI訓練

 本年は6月に大規模災害に備えるための訓練(DVI [Disaster victim identification] 訓練)を成田市に新設された国際医療福祉大学医学部において実施した。土砂崩れや浸水などの水害を想定し、今回は初めて自治体職員を含めた遺族対応訓練も行い、総勢100名程度が参加し、災害時の活動について確認を行った。