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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2020年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、検案、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁、千葉県警本部等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 千葉大の解剖数をみると、総数で昨年の412件から104件減少し308件となった。司法解剖、調査法解剖はともに大幅な減少であり、この10年間で下から3位の数字だった。千葉県全体でもこの傾向は変わらず、新型コロナウイルス感染症や死亡者数減少の影響からか、全国的な傾向でも法医解剖数が若干減少していることなどを考慮しても、なぜ、千葉県がこのような結果となったのかははっきりしない。ただし、年々このように数字が大きく変化すること自体、わが国の死因究明制度の不安定さを示していることが指摘できる。

 2020年4月に死因究明等推進基本法が施行され、推進会議での施策推進に向けた議論を踏まえ、2021年6月に推進計画が閣議決定されたが、従前の施策がほとんどであり、期待された新しい施策が見られない。今後、改革に向けた実のある政策論が交わされるよう期待したい。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2020年の千葉県の人口は約628万人、同年中の死亡者数は62,164人、警察の死体取扱数は9,166件(前年比1.6%増)(刑事8,968件、交通198件)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が324件(刑事299件、交通25件)、海上保安庁(千葉、勝浦)4件、千葉地方検察3件を加えると、司法解剖総数は331件(前年比24.6%減)。行政解剖(承諾解剖)の9件、死因・身元調査法に基づく解剖(新法解剖)37件を加えると法医解剖数377件(前年比23.7%減)であり、全死体数に対する法医解剖率は約0.6%だった。

 一方、2020年に当センターにおいて284件の司法解剖、9 件の行政解剖(承諾解剖)、15件の死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)の合計308件の法医解剖(前年比104件、25.2%減)を行い、2件についてCT検案を行った。司法解剖のうち、279件が千葉県警(262件が刑事部、17件が交通部)、3件が千葉地方検察、5件が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。行政解剖は9件中6件が刑事部、3件が交通部の扱いだった。

2018年度より、千葉中央署が警察嘱託医の方々に嘱託している検案業務の一部を当センターが行っており、本年はセンター所属医師が21件の検案を行った。この数は年々増加傾向にある。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、千葉県では、警察の取扱死体のDNA型鑑定については、原則として県警の科学捜査研究所で行っているため、千葉県警からの鑑定依頼はなかった。しかし、他大学との連携協定による千葉以外の事案の鑑定に協力している。

 臨床法医学については、千葉県及び千葉市等の児童相談所、千葉地検および千葉県警等から計75件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答により協力した。

 例年、県内の小児科医、行政、司法等の関係者が子どもの死亡事例に関し情報交換し、再発防止のための議論を行う「千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビュー/CCDR)」を開催しているところだが、本年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により1度の開催に終わった。

 

司法解剖

 本年は284人のご遺体について司法解剖を行った。以下、その内容を概説する。

表1 日本以外の国籍の遺体は4地域9体であった。

表2 死因の種類でみると、内因死が56体で20%、不慮の事故が79体で28%、自殺が59 体で21%、他殺が 18体で6%、不詳の外因が27体で10%、不詳の死が45体で16%だった。例年と比べ、不慮の事故と不詳の死が少ない。男女別でみると、男性が女性の約2.1倍であり、すべての死因の種類で男性が女性を上回っていた。

表3、4 年齢別でみると、例年と比べ65歳以上が全体の50%を割るなど高齢者の割合が低下した。平均は59歳、中央値は61歳だった。死因の種類別の平均年齢については、自殺が48歳、他殺が54歳と比較的低年齢であり、内因死は65歳、また不慮の事故は64歳だった。月別の件数については10月から1月が多かったが、有意な差は見いだせなかった。

表5、6 内因死については件数が少なく、一般的な傾向を述べるまではいかないが、心疾患、脳血管疾患、悪性新生物という一般の死因統計で上位の死因と類似した結果だった。また、本年は慢性アルコール中毒などの飲酒による行動の障害が多く見られた。年齢別では、65歳以上が過半数を占めた。

表7、8 不慮の事故については例年同様火災に伴う死亡が多く、次にその他の不慮の事故、交通事故が続いた。その他の不慮の事故では、低体温症が半数を占め、他に分類されない労働災害も多かった。年齢別では特に火災事案のうち75歳以上の例が過半を占め、高齢者の退避の遅れによる被害が目立った。

表9、10 自殺の手段については、全国の統計と同様、縊死が第一位だったが、溺死がそれに続いた。溺死には自殺と確定できないため不詳の外因に含まれている事案も多い。本年も中毒による自殺が目立った。性別では例年同様男性が多いが、前年と比べその差は縮小している。年齢別では、例年同様幅広く分布しているが、本年は若年層が目立った。

表11、12 本年の他殺事案の数は前年とほぼ変わらなかった。例年は女性の被害者が多いが本年は男女ほぼ同数だった。他殺の手段については、刺殺、絞殺・窒息、撲殺・鈍器殺が上位だった。他殺の被害者は全年齢に分布している。

 不詳の外因27体中、19体の直接死因が溺死、1体が焼死だった。自他殺あるいは事故への分類が確定できないものがこれに含まれている。

 不詳の死45体中、40体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。他のなかには2体の嬰児の遺体があった。

 

行政解剖(承諾解剖)

 9体のうち、5体が男性、4体が女性、年齢は最高77歳、最低は25歳、年齢の平均は52歳、中央値は55歳だった。死因の種類は内因死が7、不慮の事故が2であり(表13)、例年同様、この解剖に回る事案の大半が内因死だが、調査法解剖と異なりご遺族が解剖を希望する事例が多い。

 

  

死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)

 一昨年は70体、昨年は40体だったが、本年はさらに15体と減少した。そのうち、7体が男性、8体が女性、年齢は最高89歳、最低1歳、年齢の平均は55歳、中央値は51歳だった。死因の種類は、内因死がトップで、自殺が続いた(表14)。司法解剖には至らないが、念のため解剖に回ったと考えられる事例が多い。

 

  

子どもの死

 本年は、18歳未満の子どもの死亡が、司法解剖で9体、調査法解剖で2体の合計11体あり、内因死が2、不慮の事故は2、自殺が1、他殺が2、不詳の外因死が1、不詳の死が3だった。他殺の1例は虐待(ネグレクト)によるのも、1例はいわゆる無理心中(他殺後自殺)、不詳の死のうち1例はゼロ歳児の突然死、2例が嬰児の死亡だった。

 

CT検案

 CT検案は近年減少傾向であり、本年は3件だった。なお、CTについては、司法解剖、行政解剖、調査法解剖の全遺体について解剖前に検査を実施し、当センター所属の放射線科医が読影を行っている。また、まだ研究段階ではあるが、MRI(磁気共鳴画像)の撮影も行っている。

 

歯科法医学

 千葉県警等からの嘱託により、歯牙鑑定を実施し、身元の特定にあたった。公式に依頼を受けたもの以外でも、ほぼすべての身元不明の遺体について、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。また、連携協定に基づいて、東京医科歯科大学法歯学分野とともに、東京大学および国際医療福祉大学で法医解剖を実施した身元不明死体の歯科所見採取を共同で行っている。また、当センターに依頼された児童相談所事例は、ほぼ全例において歯科所見採取を行っている。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、海上保安庁、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検または警視庁から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

法中毒学

 検体を採取できるすべての遺体について簡易検査に加え、質量分析器(GC/MS, LC/MS/MS, LC/QTOF-MS)を用いた薬毒物検査(定性分析・必要に応じて定量分析)を実施している。また、連携協定に基づいて東京大学、国際医療福祉大学で行われた解剖に付随する薬毒物検査を行っている。本年千葉大で検出した主な薬物は以下(表15)のとおり。本年は、覚醒剤関連の検出が目立った。

 

臨床法医学

 千葉県及び千葉市児童相談所等からの依頼によって、児童虐待、家庭内暴力に関連する意見書を46件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計29件について、傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。なお、2018年7月に千葉大附属病院小児科に臨床法医外来を開設し、病院の小児科と法医学教室が連携することによって、検査体制を充実させ、他の専科の協力も得ながら、虐待などによる損傷の評価を行っている。

 

千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会

 1月26日、京成ホテルミラマーレにおいて、第14回千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビューCCDR)を開催した。チャイルドデスレビュー(CDR)制度が法的な基盤を得てモデル事業の開始が決まりつつある現状と今後の展望について、2名の専門家からプレゼンをしていただいた後、意見交換を行った。さらに乳児の事故死亡例に関して検討を行った。

 例年、3回の研究会を行ってきたところだが、本年は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う会合の制限により、一度の開催に終わった。

 

DVI訓練

 こちらも新型コロナウイルス感染症の影響により開催することができなかった。