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千葉大学法医学教育研究センター 年次報告 2023年

 

はじめに

 千葉大学大学院医学研究院附属法医学教育研究センターは、主に千葉県下で死亡した事案のなかで、警察等の法執行機関が法医学的調査を要すると判断した死体について、検案、解剖、各種検査を行い、医学的観点から死因を推定し、また、歯牙鑑定、DNA型鑑定を実施し、身元確認等の業務を行っている。さらに、生体に関しても児童相談所、千葉地方検察庁、千葉県警本部等より依頼を受け、法医学的見地から診断を実施している。

 千葉大の解剖数をみると、総数で昨年の390件から30件増加し420件となった。昨年と比べ、行政解剖は減少したが司法解剖は増加し、千葉大の過去最高を記録した。CT検案や臨床法医の件数も増加し、多忙な1年となった。

 2020年4月に死因究明等推進基本法が施行され、推進会議での施策推進に向けた2度目の議論が行われているものの、予算措置を伴う新規事業は期待できず、制度改革に向けた議論は停滞していると言わざるを得ない。また、子どもの死の検証(Child Death Review)についても、モデル事業では司法解剖事案を対象としないなど、虐待や事故、自殺について適切な検討が行われない可能性が強い。

 死因究明及び個人識別という業務は、亡くなった方々の情報を収集し、個々の死因を明らかにするのみでなく、社会全体の死亡の動向を明らかにするとともに、事故や災害、あるいは自他殺の再発防止に役立て、国民の安全と健康の維持、向上に努めるといった社会的使命を有している。こうした点を少しでも前進させるため、死因究明等に係る情報を社会に提供するのが、この報告の主旨である。

 

死因、死因の種類の分類方法

 この報告では、当センターで解剖等を行った死体に係る死因の種類を、内因死、不慮の事故、自殺、他殺、不詳の外因、不詳の死の6種に分類した。内因死は自然死、病死とほぼ同義であり、その中の死因の分類は、概ね厚生労働省の人口動態調査中の死因簡単分類の中位分類とした。不慮の事故に関しては、死体検案書における分類に倣い、交通事故、転倒・転落、溺死・溺水、窒息、煙・火・火災、その他の不慮の事故とした。自殺に関しては、東京都監察医務院の分類を参考にし、縊死、鋭器、銃器、中毒・有害物質、溺死、交通機関(線路への飛込み、車両による故意の衝突・転落など)、焼身・熱傷、高所からの飛び降り、その他の自殺とした。また、他殺に関しては米国のメディカル・エグザミナー(複数)の分類を参考にし、幼児・児童虐待、絞殺・窒息、刺殺、銃殺、煙・火・火災・熱、撲殺・鈍器、その他の他殺とした。ただし、本年はそのうち3分類のみだった。死因の種類に関し、国際的には、不詳の外因と不詳の死を分けず5分類としている統計が多いが、多くの身元不明死体の死因の種類が不詳とされるわが国の特殊性に鑑み、また、死体検案書の分類も考慮して、溺死、焼死など外因死と特定できるものの、自他殺・事故の判別が困難な死を別に扱った。

 

概況

 2023年末の千葉県の人口は約627万人、同年中の死亡者数は73,721人(前年比0.1%増)、警察の死体取扱数は10,941件(前年比0.1%減)(刑事10,756件、交通185件)、解剖数は、千葉県警察が鑑定嘱託した司法解剖が615件(刑事598件、交通17件)、それに行政解剖(承諾解剖)の5件、死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)84件を加えると、警察が取り扱った死体の法医解剖数は704件(前年比21.4%増)であり海上保安庁12件、千葉地方検察3件を加えると、法医解剖総数は719件(前年比21.5%増)、内訳は司法解剖629件(前年比29.2%増)、行政解剖5件、調査法解剖84件、全死亡者数に対する法医解剖率は約1.1%(全国平均は約1.3%)だった。 千葉県全体でみると、前年比で解剖率はかなり上昇した(2022年は約0.8%)。

 一方、2023年に当センターにおいて408件の司法解剖、5 件の行政解剖(承諾解剖)、17件の調査法解剖の合計430件の法医解剖(前年比40件、10.3%増)を行った。司法解剖のうち、403件が千葉県警(393件が刑事部、10件が交通部)、2件が千葉地方検察、3件が茨城県警からそれぞれ解剖の嘱託を受けたものだった。行政解剖は5件が交通部の扱いだった。千葉県全体に比べると伸び率が低いのは、国際医療福祉大学及び日本医科大学の解剖数の増加によるものと思われる。

2018年度より、千葉中央署が警察嘱託医の方々に嘱託している検案業務の一部を当センターが行っており、本年はセンター所属医師が22件((前年比2件減)の検案を行った。また、警察等からの依頼により解剖を前提とせずCTを撮影・読影するCT検案は、46件だった。

 なお、検査に関しては、検体が採取可能な全遺体について、薬毒物検査、病理組織検査、血液生化学検査等を、また、必要に応じて、一酸化炭素検査、プランクトン検査、精液検査等を行い、全遺体についてCTによる画像検査を実施し、解剖所見と各種検査結果を総合的に勘案し、さらに警察等から得た周辺の事情も参考にしつつ死因を推定した。

 歯科法医学、法遺伝子学の実務については、歯牙鑑定、DNA型鑑定を行った。ただし、千葉県では、警察の取扱死体のDNA型鑑定については、原則として県警の科学捜査研究所で行っているため、千葉県警からの鑑定依頼はなかった。しかし、他大学との連携協定による千葉以外の事案の鑑定に協力している。

 臨床法医学については、千葉県、千葉市及び江戸川区の児童相談所等、千葉地検および千葉県警等から計107件の相談を受け、意見書の提出、調書の作成、あるいは文書または口頭による回答により協力した。

 

外国籍

表1 解剖総数430件に対し、外国籍は6地域14件(司法12件、調査法2件)で、東南アジア、東アジアが4件で最多だった。

司法解剖

 本年は408件の司法解剖を行った。以下、その内容を概説する。

  

表2 死因の種類でみると、内因死が78体で19%、不慮の事故が121体で30%、自殺が95体で23%、他殺が8体で2%、不詳の外因が28体で7%、不詳の死が78体で19%だった。他殺が例年と比べ大きく減っていることは特筆できる。男女別でみると、男性が女性の約2.2倍であり、他殺及び不詳の外因以外の死因の種類で男性が女性を大きく上回っていた。

表3, 4 年齢別でみると、平均は58歳、中央値は70歳であり、例年と大きな差異はなかった。死因の種類別の平均年齢については、自殺が48歳、他殺は66歳、内因死は64歳、また不慮の事故は65歳だった。月別の件数については3月がやや多いものの有意な差は見い出せなかった。

表5, 6 内因死については件数が少なく、一般的な傾向を述べるまではいかないが、心疾患、悪性新生物、脳血管疾患、という一般の死因統計で上位の死因と類似した結果だった。また、低栄養や脱水を背景にした事案が多数見られた。年齢別では、65歳以上が約3分の2を占めた。

表7, 8 不慮の事故については例年同様火災に伴う死亡が最多だったが、その他の不慮の事故、溺死・溺水、転倒・転落と大きな差はなかった。その他の不慮の事故の大半が低体温症及び熱中症で、他の分類に入らない労働災害や医療事故疑いがあった。中毒、有害物質については、14例中8例が覚醒剤に関係するものだった。年齢別では特に火災事案の平均が78歳で、高齢者の退避の遅れによる被害が目立った。また、転倒転落の平均年齢は73歳とこれも高齢だった。

表9, 10 例年に比べ、自殺の事例は多かった。全国的に自殺が急増しているわけではないので、この増加は県警の判断に若干の変化があったことが推測される。自殺の手段については、縊死が第一位で、中毒・有害物質がそれに続き、その26例中17例が練炭を使用した一酸化炭素中毒だった。続いて、溺死、飛降りとなっている。性別は、千葉県では依然男性が多い。年齢別では10代から80代まで、広く分布していた。

表11, 12 本年の他殺事案数は昨年の21例から8例と大きく減った。千葉県の治安状態が良くなった結果なら喜ばしいが、一過性の現象かもしれない。他殺の手段については、撲殺・鈍器殺が上位であり。男女別では同数だったが、年齢の分布も含め多寡を述べるだけの事案数でなかった。

 その他及び不詳の外因死は28例中、11例の直接死因が溺死、2例が焼死だった。不詳の外因死の多くは、自他殺、事故の判別が困難な事例である。

 不詳の死78体中、66体は白骨、死蝋化、ミイラ化、高度腐敗等により、検索が困難なものだった。それ以外は、内外因不詳の事例である。白骨等のなかには、状況的には自殺が疑われるものも含まれている。

 

行政解剖(承諾解剖)

 本年行った5体はすべて男性のご遺体だった。年齢は最高96歳、最低は49歳、年齢の平均は70歳、中央値は72歳だった。死因の種類は内因死が1、不慮の事故が2、不詳の死が2であり、例年の内因死が多い傾向とは異なる結果となっている。調査法解剖が増加するにつれ、行政解剖に回る遺体は、千葉県の場合ご遺族が解剖を希望する事例が多い。本年も剖検数は少ないものの、その全例が、浴槽内死亡、新型コロナワクチン接種後の死亡などを背景に、ご遺族が死因究明のための解剖を求めたものだった。

 

  

死因・身元調査法に基づく解剖(調査法解剖)

 本年も17件と近年の事例数に近い数だった。調査法解剖は2018年に70件をピークにここ数年20件弱にとどまっている。その原因の一つは、国際医療福祉大及び日本医大での解剖が増加しているためと思われる。17件のうち、11体が男性、6体が女性、年齢は最高90歳、最低0歳、年齢の平均は56歳、中央値は55歳だった。死因の種類は、内因死がトップで、不慮の事故が続いた(表13)。司法解剖には至らないが、念のため解剖に回ったと考えられる事例が多い。

 

  

子どもの死

 本年は、18歳未満の子どもの死亡が、司法解剖で12体、調査法解剖で1体の合計13体あり、内因死が3、不慮の事故が3、自殺が5、不詳の外因死が1、不詳の死が1だった。5件の自殺はいずれも15歳以上で4名が女性だった。

 

死後画像診断

 本年は46件のCT検案を行った。なお、CTについては、司法解剖、行政解剖、調査法解剖の全遺体について解剖前に検査を実施し、当センター所属の放射線科医が読影を行っている。また、画像による個人識別読影、臨床法医関連の生体画像読影、 他の機関で撮ったCTの読影も多数行った。さらに、まだ研究段階ではあるが、MRI(磁気共鳴画像)の撮影及び読影も行っている。

 

歯科法医学

 身元不明遺体の法医解剖において、ほぼ全事例で、歯科所見を採取し、鑑定書に記載している。また、連携協定に基づいて、東京医科歯科大学法歯学分野とともに、東京大学および国際医療福祉大学で法医解剖を実施した身元不明死体の歯科所見採取を共同で行っている。また、千葉県歯科医師会との包括連携協定により、年2回の事例検討会を実施している。当センターに依頼された児童相談所事例において、多数歯齲蝕、バイトマークなど口腔内所見が必要な事例では、口腔内評価を行っている。

 

法遺伝子学

 DNA型鑑定については、裁判所や民間からの依頼によって、個人識別、親子鑑定などを行っている。また、東京大学との連携協定に基づいて、東京地検または警視庁から東京大学に依頼のあったDNA型鑑定を千葉大学において行っている。

 

法中毒学

 検体を採取できるすべての遺体について簡易検査に加え、質量分析器(GC/MS, LC/MS/MS, LC/QTOF-MS)を用いた薬毒物検査(定性分析・必要に応じて定量分析)を実施している。また、連携協定に基づいて東京大学で行われた解剖に付随する薬毒物検査を一部行っている。本年千葉大で検出した主な薬物は以下(表14)のとおりだった。覚醒剤関連は、Amphetamine, Methamphetamineがともに14例検出され、Top10に復帰した。

 

臨床法医学

 千葉県、千葉市及び江戸川区の児童相談所等からの依頼によって、児童虐待、家庭内暴力に関連する意見書を81件提出した。また、千葉地検、千葉県警等より計26件について、傷害事件などに関する相談を受け、それぞれ回答した。なお、2018年7月に千葉大附属病院小児科に臨床法医外来を開設し、病院の小児科と法医学教室が連携することによって、検査体制を充実させ、他の専科の協力も得ながら、虐待などによる損傷の評価を行っている。

 

千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会

 例年、県内の小児科医、行政、司法等の関係者が子どもの死亡事例に関し情報交換し、再発防止のための議論を行う「千葉県子どもの死因究明等の推進に関する研究会(千葉県チャイルドデスレビュー/CCDR)」を開催している。本年は第16回研究会を7月15日に千葉大医学部で開催した。法学者から見たCDR事業という講演や、千葉県における嬰児・胎児の死亡例の検討などを行った後、参加者を限定し、信仰に関連する未加療で死亡した女児に関する事例の報告を受け、議論を行った。この研究会には、千葉地検、千葉県警の皆様を含む約70名が参加した。

 

DVI訓練

 2023年度は第5回となる千葉大規模災害時DVI訓練を千葉大学にて開催した。大雨による洪水、土砂災害を想定し、国際医療福祉大学法医学と連携して千葉県医師会、千葉県歯科医師会の共催のもと、千葉県警、千葉県防災危機管理部及び近隣自治体、千葉海上保安部とともに、人形を用いた机上訓練を通して、災害時の検視検案、身元確認作業について確認を行った。