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Vol. 3 司法解剖の定義再考

現在、一般に司法解剖とは、「犯罪性がある、または犯罪性が疑われる場合に行われる解剖であって、犯罪性が疑われない死体は司法解剖では解剖できない」と考えられている風潮がある。事実、法医学の教科書では、「その死体が犯罪によるものと判断された場合、またその疑いがあると判断された場合ならびに医師の届け出を受けた異状死体について犯罪性がある場合に行われる解剖である」(エッセンシャル法医学)、「犯罪によることが明らかな死体について、あるいは犯罪の疑いのある死体について」行われる解剖(現代の法医学)などと記載されている。確かに、現在の司法解剖の運営状況を見れば、この定義も間違いではないと思われるが、法的には司法解剖とはどのように定義されるべきものであろうか、考察してみた。

そもそも、法律上、司法解剖という言葉は存在しない。ましてや、犯罪が疑われない場合には司法解剖が選択できないという記載もない。一般に司法解剖と呼ばれている解剖は、「警察または検察の嘱託により行われ、国が経費を支払う解剖」という要件を満たす解剖を意味している。この解剖は、刑事訴訟法によれば「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」に嘱託される鑑定行為の一環として行われる解剖である(第223条)。また、警察法施行令第2条は、「犯罪鑑識に必要な検案解剖委託費」は、国庫が支弁する経費であると規定しているが、ここにある、「犯罪鑑識に必要な」解剖がいわゆる司法解剖を意味していることは明らかだ。これら条文を参考とすれば、一般に言う司法解剖とは、法律の条文上は、「犯罪捜査をするについて必要な解剖」または「犯罪鑑識に必要な解剖」と定義されているといえる。では、「犯罪捜査をするについて必要な解剖」とは何であろうか。刑事訴訟法第229条(第2編「第一審」、第1章「捜査」)では、警察・検察の犯罪捜査活動として「検視」という活動があることが規定されている。また、検視規則第六条は、検視に当つては、「死因(特に犯罪行為に基因するか否か)」を綿密に調査しなくてはならないと規定している。つまり、「犯罪捜査をするについて必要な解剖」とは、「検視という犯罪捜査活動を行うにおいては、死因が綿密に調査されなくてはならず、その際死因が不明であるならば、死因決定のために必要とされる解剖」と解釈されるべきだろう。つまり、司法解剖とは、法律の側面からは、「犯罪の有無を判定するために行われる解剖」つまりは「犯罪鑑識に必要な解剖」と定義されるべきであるということになる。この定義によれば、犯罪性の有無の判定は、司法解剖による死因調査の結果も総合して判断されるべきものであることになるので、「司法解剖は犯罪性が疑われる場合の解剖である」とか「司法解剖は犯罪性がない場合実施できない」という表現は法的には本末転倒な間違った表現ということになる。もちろん「司法解剖は犯罪性がない場合実施されていない」という表現であれば、単に現在の杜撰な運営状況を述べたに過ぎない表現なので、間違いではないが、「実施できない」と表現するとすれば、それは、あたかも法律・制度上不可能であるかのような誤解を与える表現となるので、教育上控えるべきであろう。

このように、法医学の教科書にも記載され、一般に考えられている司法解剖の定義は、法医学者が運営の側面だけを見て取って定義したものに過ぎず、法的には本末転倒な定義であるようだ。法律上は、「検視において死因が不明とされる全ての死体は、国庫支弁の下で(司法)解剖して死因を究明できる」ことになっているので、今後は司法解剖の定義を記載する場合は、「犯罪鑑識を目的として(犯罪の有無を見極めるために)警察・検察が嘱託する解剖」とするなど、その表現に注意すべきであろう。

ところで、このように法律上は、我々が司法解剖と呼んでいる解剖によって犯罪性の有無を判定すべきことになっているので、「行政解剖、承諾解剖は犯罪スクリーニングにも役立つので有用だ」との趣旨の立論は本来あってはならないことにもなる。このあたりに、承諾解剖や行政解剖が全国に浸透できなかった理由があるように思えてならない。

(参考)
刑事訴訟法第223条
  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。
検察官の取り調べた者等に対する旅費、日当、宿泊料等支給法
1 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第二百二十三条又は国際捜査共助等に関する法律(昭和五十五年法律第六十九号)第八条第一項若しくは第五項の規定により、検察官若しくは検察事務官の取り調べた者又は検察官若しくは検察事務官から嘱託を受けた鑑定人、通訳人若しくは翻訳人には、旅費、日当、宿泊料、鑑定料、通訳料又は翻訳料を支給し、かつ、鑑定、通訳又は翻訳に必要な費用の支払又は償還をすることができる。
警察法施行令第2条
法第37条第1項の規定により、同項各号に掲げる経費で、国庫が支弁するものは、次に掲げるものとする。 4.指紋、手口、写真、法医、理化学等による犯罪鑑識に関する施設の新設、補修その他その維持管理に必要な経費(警察署並びに派出所及び駐在所における犯罪鑑識に必要な施設費及び消耗品費を除く。)、犯罪鑑識に必要な検案解剖委託費及び謝金並びに第8号に掲げる犯罪の犯罪鑑識に必要な旅費その他の経費