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Vol. 7 「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-

第三次試案では、委員会の設置場所については、厚生労働省にするのか 否かは決定されていない。この点に関しては、医療関連死の問題のみに囚われることなく、異状死 ・変死を包括した死因究明制度全体の問題として、各省庁と十分協議・検討すべきであると考えら れる。特に、時津風部屋の力士死亡事件を契機に、内閣官房の呼びかけで、変死・異状死事例全般 の死因究明に関する検討会が、法務省、警察庁、厚生労働省、文部科学省が協力の下で開かれてい ると聞く。医療関連死事例のみを他の異状死から切り離して、特別扱いしている国はないようなの で、本来は、こちらの検討会の方で、医療関連死の問題も併せて検討されるべきである。各省庁に は、縦割りを乗り越える努力こそが求められていると思う。

法医学で日ごろ遺体と接している立場からすると、人の死には、事故や 病死、事件など複数の要因が複雑に絡み合っている場合が多いと実感している。それゆえ、初動段 階で、ある遺体を、医療事故で死亡した死体、犯罪で殺害された死体、その他の偶発的な事故で死 亡した死体、などと区分することは不可能であると感じている。諸外国がそうであるように、すべ ての遺体は、犯罪性の有無や、医療過誤の有無などといった、捜査・調査機関の便宜的・恣意的な 判断とは無関係に、死因が不明であれば、統一したプロトコールの下で客観的に死因が決定される べきであるし、そうしなければ、犯罪や過誤を見逃すパラドックスに陥り、国民が被害を被る。初 動段階での死因診断は、病院内・外の死亡事例を差別せずに、統一したしくみで実施されなければ ならない。警察、法務省、厚生労働省が協力の上、例えば検死局のような機関を、警察あるいは内 閣府に設置し、そこで犯罪発見目的に偏らない死因判定(医療行為の適否の評価はしない)が実施 されるべきである。どうしても医療安全調査委員会を設置するというのなら、その機関は、検死局 での死因診断の結果を受けて、医療行為の適否の判断をする機関とすべきであり、初動段階で死因 診断を行なう機能は持たせるべきではない。もし、医療安全調査委員会に、初動時の死因診断の機 能まで持たせてしまうと、現在の法医学者・病理学者の不足から考えると、設置早々から機能不全 に陥ることは間違いない。そうなった場合、遺族・警察・検察から委員会による調査は信用されな くなり、存在自体が形骸化するだろう。

第三次試案では、医療安全調査委員会は、重大な過失事例や悪質な事例 を警察に通報するとしている。しかし、この案では、第一捜査権を有する警察との関係に関しては 触れていないし、刑事訴訟法の改正についても言及されていない。これでは、捜査当局側は、医療 安全調査委員会の調査とは別に、関係者や、専門医から事情聴取や参考意見の聴取ができるし、場 合によっては医療安全調査委員会より先に司法解剖を実施するという措置も可能である。捜査当局 から遺族への情報開示や説明などの問題も合わせて改善しなければ、従来通り、遺族は捜査当局が 得た独自情報を得るために、刑事告訴に走る可能性がある。つまり、司法解剖をはじめ、医療事故 に対する警察捜査の在り方(情報開示など)の改善がなければ、医師・遺族のストレスは改善しな いことが予想される。

第三次試案では、「医療従事者等の関係者が、地方委員会からの質問に 答えることは強制されない」とあるように、医師への事情聴取は任意とされている。これでは、遺 族は委員会の調査を信用できないだろう。この点でも、遺族が警察・検察へ告発するケースが増え ると予想される。医療安全調査委員会の信用を担保するためには、警察並の捜査権を有する機関の 設置が必要になる。しかし、そうであれば、現行の検死制度を見直すだけでも済む問題と考えるべ きである。すなわち、現在の捜査機関が、恣意的に死因究明を行い、死因究明の目的が犯罪捜査の みに偏重し、情報が非開示になっていることを改善することこそが国民から求められる制度改革で あると考える。

解剖に関しては、病理医を主体とした場合、証拠保全の意識が薄いので、 薬物検査のための血液・尿保管がおろそかになる恐れがある。その点を考慮したためか、第三次試 案では、法医学者を含めた2名の解剖執刀医が関与する可能性が示唆されている。しかし、病理も 法医も人材不足である中、解剖に2人の執刀医を入れることは非現実的である。法医(Forensic Pathologist、法医病理学者)が解剖を担当し、病理組織診断では、診断病理医に相談するとした 方が費用・効果の面で現実的であると考える。しかしながら、これでも、法医・病理医いずれの 増員も必要とされるので、こうした人員を増やす仕組みを構築しなければならない。

現在の大学においては、研究・教育が本務とされており、解剖という 業務は業績として評価されていない。大学の解剖執刀医は、解剖をすればするほど、大学から解雇 される危険性を増すことになる。そのため、病理医にしても、法医にしても、解剖を実施すること が業績と評価されない限り、新たな制度に協力できないし、人材育成もありえないだろう。これは、 費用だけで解決できる問題ではない。死因究明のための解剖や諸検査を業績と認定しつつ、そうし たプロフェッショナルを育成する専門機関の設置こそが求められる。この点に関しては、欧州の大 学附属法医学研究所を参考にすべきである。この点を怠れば、病理診断部門の診断業務や法医学教 室での司法解剖業務は圧迫され、崩壊することになる。

平成20年4月21日
岩瀬博太郎