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Vol.12 司法解剖に伴う検査経費の値下げに抗議する

千葉県警察から、平成27年度の司法解剖の契約のなかで、検査経費を値下げしたいとの連絡があった。背景には、司法解剖経費の削減を図ろうとする警察庁の思惑があり、この間、法医学会と経費改定の交渉をし、一応の妥結を見た後、各都道府県警察に指示したものと思われる。

内容としては、トライエージ(簡易薬物検査)が1試料15,420円から5,000円に、組織検査(単価5,140円)の上限を45枚から40枚に削減、血液型検査の廃止などである。他に、解剖基本料(1剖検体6,685円から8,700円)などの値上げもあるが、全体から見れば値下げの要因がはるかに大きい。

こうした議論のなか、当教室としての立場を内閣府の担当大臣に伝えるため、別紙①の要望書(司法解剖の検査経費等に関する要望)を、この問題に理解ある衆議院議員に示し大臣との面会を要望したが、内閣府の所掌では如何ともしがたいので、面会は困難という返答だった。この要望書に記したように、警察庁の主張通り経費の引き下げが実現すると、真面目に精度の高い諸検査を行っている機関が打撃を受け、適正な死因究明のために雇用している人材の維持が困難になるなど、影響は極めて大きい。

また、千葉県警察から口頭で値下げの提案があった後、3月18日に千葉県警察本部長に対し、別紙②(司法解剖の諸検査経費に関する以下の質問について平成27年3月31日までに書面にてご回答ください)を提出した。しかし、県警本部から2日後に、この質問状に対しては回答が文書でも口頭でもできない旨の連絡があった。値下げの根拠すら明らかにせず、単価を下げるということは、信義則にもとるものである。しかしながら、千葉県警の立場を考えると、警察庁の指示の下で行われていることが明らかであり、こうした警察庁の方針に対し、私はこのweb site上で、あらためて抗議の意思を示すものである。

 

 

別紙①

平成27年 月 日

国務大臣 死因究明推進担当

山谷 えり子 様

千葉大学・東京大学 法医学教室 教授 岩瀬博太郎

京都府立医科大学  法医学教室 教授 池谷  博

岩手医科大学    法医学教室 教授 出羽 厚二

司法解剖の検査経費等に関する要望

 貴職におかれましては、国家・国民の安全・安心の確保のためにご尽力いただいておりますことに、心より敬意と感謝の意を表します。

 さて、わが国の死因究明制度に関しましては、昨年6月、「死因究明等推進計画」が閣議決定され、私たちも今後の展開に大きな期待を抱いているところでした。しかるに、今般警察庁からは、司法解剖に関して平成28年度からの包括払い制度の導入、及びそれに伴う積算方法の見直しの提案という、事実上の経費値下げ提案が法医学会に寄せられております。私たちは、死因究明の推進に協力すべく、頂いた経費を有効に活用し次世代の人材育成をめざし様々な努力をしてまいりましたが、この様な急で不当な値下げは屋根に登らせておいてはしごを外す様な行為であり、死因究明制度の充実を目指したはずの国全体の施策として大いに問題があると考えられます。

 現状は、司法解剖一体あたりの検査に係る必要経費が、千葉大学、東京大学、京都府立医科大学のように40万円から50万円程度と一見高額なところと、岩手医科大学のように20万円程度のところもあれば、8万円程度の極めて低額なところがあり、警察庁としては極力低いところに設定しようという意図があるようです。しかし、千葉大学、東京大学、京都府立医科大学では死因究明に必要不可欠な解剖及び諸検査を実施するための正当な経費を請求しているだけであり、不当な要求をしているわけでは決してありません。現にこれらの検査費用は全て司法解剖に関連して、使用され消費されています。また岩手医科大学の場合は、検査を実施する人手の不足のため、実施したい検査が実施できず、請求可能な金額が見かけ上低額になっているだけでもあります。そのような中、仮に警察庁の主張を通してしまうと、精度の高い死因究明に必要な経費が支払われなくなり、人員や設備が先細り、大学の法医学教室が、死因究明機関ではなく、単に表面的解剖だけを実施する機関になりさがってしまいます。その結果、薬物犯罪を見逃したり、病死を犯罪死と誤診したりする冤罪などを発生させていく可能性が生じることは明らかです。

 そもそも解剖に付随して本来実施されるべき薬物検査や組織検査等を十分実施せず、結果的に低額な費用で解剖を実施している大学では、現状でも犯罪の見逃しや冤罪発生の懸念が大いにあると言わざるを得ません。また、中には人件費や設備費は警察庁ではなく大学法人又は学校法人が支払うべきであるとの法医学教室教授の個人的な考えから、低額な経費しか請求していない大学もあるようですが、大学がそれらを支払うのは元来容易ではなく、多くの大学がそれを承認するとは考えられません。このような大学としての考えと、教授個人の考えの乖離が、価格の高い大学と価格の安い大学との間の価格格差の原因となっていると思われますが、本来は、十分な検査を実施した質の高い鑑定を行おうとすれば、必然的に人員や設備が必要であり、それらは、委託費としての検査費用支弁すべきことは当然と考えます。

 一方で、薬物やDNA検査等に関して、科学捜査研究所(以下科捜研)ができる検査は全て科捜研で行うべきとする意見がありますが、警察の組織である科捜研で行われた検査は、客観性・公平性の観点から望ましいとはいえません。また大学から検査を奪うことは、大学で技術の維持や伝承が行われなくなり、裁判で事後的に問題になった際に、再鑑定をする公的中立機関が今後無くなることを意味します。ミトコンドリアDNA等は科捜研では検査しておらず大学で実施しております。さらに、科捜研での検査では、貴重な検体が事実上全量廃棄されており、大学から検査を奪うと現在大学の自己負担で行っている検体保管も行われなくなる恐れがあります。

 内閣府に置かれている死因究明等推進室は、文字通り死因究明の推進を行うべき部署と考えます。結果として人材や設備を適切に配分することはその大きな仕事の一つとすべきと思いますが、現在のところそのような方向性を認識されているのでしょうか。もし、死因究明等を推進する認識があるならば、検査費用の不当な値下げによって、短期的に人員の確保や設備の拡充ができなくなるだけでなく、将来的に公平中立な立場で鑑定を担う公的機関が失われるような事態を回避するために、大局的に関係省庁並びに各大学法人等に指導をしていただきたいと考えております。大学法人等に対して、人件費や設備費を負担する意思があるかなどについてアンケート調査等も行った上で、司法解剖に伴う技術職員等の人件費や設備費について、文科省が所管する国立大学法人等が支払うべきか、司法解剖を嘱託する警察庁や検察庁が支払うべきか、しっかり推進室で調整し、各大学に適切に指導していただくようお願い申しあげます。

 

 

別紙②

平成27年3月18日

千葉県警察本部長

黒木 慶英 様

千葉大学大学院医学研究院法医学教室

教授 岩瀬 博太郎

司法解剖の諸検査経費に関する以下の質問について平成27年3月31日までに書面にてご回答ください。

  1. 千葉大学としては平成26年度に各検査項目について料金の算出根拠を示しており平成27年度については特に変更すべき点があるとは現時点で考えておりません。しかしながら平成27年度は平成26年度と異なる価格で契約を結ぶ意向が千葉県警から口頭にて示されています。ご希望の解剖基本料、薬物検査料、血液生化学検査料、組織検査料を提示いただければ、こちらで価格を検討いたしますので、ご提示ください。また可能であればその算出根拠を示してください。
  2. 警察庁と法医学会で交渉した価格について各大学法人が遵守する義務を負うとは考えられませんが、そのような価格で契約を結ぶように千葉県警から口頭による要請がありました。これについては独占禁止法などの法律上問題はないのでしょうか。
  3. 現在5,000円程度の組織検査代は3,000円程度に下げる一方で解剖基本料に執刀補助・書記などの人件費を入れ十数万円程度に引き上げたほうが合理的であり、千葉大学では、独自に算出根拠を示す準備ができています。解剖にかかる総額も平成26年度に比して若干低く抑えられると予想されますし、平成27年度あるいは平成28年度からはそのような契約を結んでいただけないでしょうか。
  4. 組織検査については検体数に上限を設けるといった提案が千葉県警からなされております。鑑定に必要とされる検査等の行為を実施したにも関わらず、それを支払わない場合、余剰に実施した分は大学が負担することになります。これは不法行為となる可能性がありますので、このような提案はすべきではありませんが、提案を撤回いただけないでしょうか。
  5. 上限が設けられるとされる組織検査と解剖謝金については、上限を超えた場合でも協議した場合は費用が支払われうるとされています。しかしながら平成26年度においてはどのような場合に支払うのか曖昧なため、2日間に渡って解剖したにも関わらず上限を超えた分の解剖謝金の支払いがありませんでした。今後はそのようなことを避けるため、事前に法医学教室と協議したうえでどのような場合に支払われるのか具体的な例を書面にて提示いただけないでしょうか。
  6. 白骨などのDNA検査では、大学で行った場合検査結果がでると考えられる場合でも、科学捜査研究所でDNA検査をして結果がだせない場合があると思われます。その場合、法医学教室で保管している試料から追加で検査をする必要が生じることがあります。試料の保管については、保管料が支払われていないので、法医学教室が善意で保管しているにすぎませんが、保管場所など限られており、善意で保管する期間には限度があります。科学捜査研究所で検査し結果が出た場合は、試料を処分したいと考えていますが、その結果について解剖実施後2ヶ月以内に法医学教室に報告していただけないでしょうか。

 

 

 

平成27年3月24日
岩瀬博太郎