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Vol. 9 法医学教室の近況報告

このHP上で、法医学教室からの提言を載せるようになってから、早いもので4年以上が経過した。時々このHPを見てくれる方がいらっしゃるようで、マスコミなどからも連絡をいただくことがある。だいぶ長い間更新しないうちに、法医学教室の状況にも若干の変化があった。あまりその点については触れてこなかったので、今回は、近況報告と今後の課題などを記したいと思う。

司法解剖に関わる経費に関しては、3年前までは謝金7万円のみで、大学への経費ゼロという状態であったが、法医学会などの活動によって、平成18年度から改善された。現在は、謝金およそ7万円のほかに、解剖以外(なぜか解剖代はまだつかない)の検査代(組織検査料、アルコール検査料、DNA検査料など)が加算され、国庫から大学に納付されている。このため、1体あたり、10万から30万円程度の費用が大学へ納付されるようになり、教室の設備については改善が見られた。30年前の物品を使用していたアルコール検査機器や、一酸化炭素検査機器、組織切片の作製に関わる機器、冷蔵庫などは、設備更新がされ、現在では新しいものが入っている。DNA検査装置についても、警察と同等の装置が導入されるに至っている。また、来年度からは、解剖室横に、新品のCT装置が導入される予定にある。このように、設備については、改善が見られるようになってきた。

一方で、人の確保に関しては、問題が山積したままだ。大学は、納入される経費での人材雇用について、非常に消極的である。文部科学省からは、定員削減を要求されているので、削減目標を到達できない場合に、運営費交付金を減らされることを恐れているのである。そのため、せっかく、経費を大学に入れても、それを常勤職員の確保に使うことができない。大学から雇用することを許されるのは年期雇用などの非常勤職員ばかりである。給料は、技術職の場合時給1000円程度、医師の場合は月給25万円程度であり、退職金もないという待遇である。もともと、司法解剖は、腐敗死体や感染症の可能性のある遺体を扱う危険な仕事であり、普通の方はあまりやりたがらない仕事であるが、その上、給料も低く、将来の保証もないということでは、法医に興味のあった学生でさえ、臨床へ引っ張られてしまう状況にある。既存の常勤職員にしても、大学の一教室ゆえ、他の教室と同様に、研究や教育を行うことが本務とされており、司法解剖は、あくまでも地域ボランティアとして位置づけられ、業績として認められていない。しかも、任期制に移行しているので、解剖をすればするほど、自分の研究業績が減り、大学から首になるリスクを冒すことになり、落ち着いて解剖業務を実施できない状況にある。この2年間を振り返ると、教室全体の収入が増え、設備の改善があった面では、よかったが、人の安定した雇用ができないとか、安心して解剖業務に専念できないことをどう改善してよいのか、出口が見いだせないことに気づかされた2年間でもあった。

こうした状況を改善するためには、大学の一教室としての法医学教室ではなく、他の国のように、法医学研究所のようなものを設置する必要があると痛感する。ほかの国の法医学研究所では、研究・教育業務だけではなく、解剖や諸検査を個人の業績として認めているので、安心して解剖業務が実施できるメリットがある。また、退職金や危険手当もつくので、法医学を希望する若者が、臨床に引っ張られてしまうことも最小限に抑えることができるだろう。

千葉大法医学教室で実施しているCT検査についても、いろいろ感じることがある。現行法では、死体解剖保存法(医務院設置根拠)がアダとなり、警察が犯罪性がないと判断した遺体については、行政上の責任者もいないし、検査費用の負担者も決まっていない。そのような状態では、死後CTの普及はありえないと感じている。

いずれにせよ、日本においては、死因究明に関しての、抜本的な法制度の改善が必要であると感じる。単なる解剖経費の改善だけでは、死因究明制度の改善は限定的になるようだ。

平成20年11月14日
岩瀬博太郎