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Vol. 6 第三者機関で行う解剖の種類は、病理解剖とすべきか否か

医療関連死の諸問題を解決すべく、第三者機関の設置が望まれている。報道によれば、今年の4月には政府から何らかの素案が出るとのことである。しかしながら、解剖、調査・評価、ADRといった各機能が混沌となったままで議論を進めている厚生労働省モデル事業の影響もあるのだろうが、「第三者機関」という言葉が一人歩きをし、それが何を意味する言葉なのかについて、実体が不明確であるのは心配な点である。本来は、解剖を含む医学的検査部門、調査・評価部門、ADR部門といったように、各機能を分けて運営し、それらについてそれぞれ議論していく必要がある。その上で、「第三者機関」という場合は、医師が関与する調査・評価機関として定義づけ、解剖等の医学的検査機関とADRは別途設計していく方が、制度設計がし易いだろう。以下そうした設計を行うことを前提で話を進めたい。

Knight’s Forensic Pathologyという欧米の法医学の教科書には、病院内死亡事例で、解剖せずに死因判定をした場合は、解剖をした場合にくらべ、25?50%の誤診があるとされている。また、当教室ではCT等の画像検査を導入したものの、解剖とCTを組み合わせた運営はこれまでの解剖のみによる証拠保全より精度が上がるものの、画像検査単独では、証拠保全としては不十分であることが分かってきている。従って、第三者機関が主体で死因を調査する場合、解剖を軽視することはできず、相当数の解剖を行う解剖機関を設置しなくてはならないだろう。解剖機関の設計で問題になるのが、そこで行う解剖を、病理解剖とするか、法医解剖とするかの問題である。病理医の数(約1000名)の方が法医学者(約150名)より多いためか、病理解剖にすべきだという話をよく聞し、日本病理学会のホームページにも、医療関連死の解剖は、病理解剖と定義すべきとの記載がある。また、名古屋の一部の地域では、医療関連死に対しては病理解剖で対応してきた実績があることも影響を与えている可能性がある。しかし、名古屋においては、事例発生を警察へ通報した上での紳士協定で実施されているのであって、警察捜査から免れて運営されているわけではないという点と、他地域で導入しようとしても同様な運営ができるとは言えない点は注意を要するだろう。

以下、法的事項を加味しつつ、医療関連死において第三者機関が実施ですべき解剖は、病理解剖であるべきであるか否かについて私見を述べたいと思う。

まず、法律上は、司法解剖、行政解剖、承諾解剖、病理解剖、系統解剖という言葉は存在しない。法律上存在するのは、「解剖」という言葉のみである。一般に「解剖」は、死体解剖保存法に則って実施することになっている。死体解剖保存法に則った解剖の場合、その目的は、研究・教育・公衆衛生維持に限定され、遺族の承諾なしで、解剖や臓器血液の保管ができないことになっている。したがって、一般の解剖では、薬物検査のための血液保管や、頭部解剖、エコノミークラス症候群での下肢の解剖などができないので、証拠保全が不完全になる危険性が高い。そこで、存在するのが、法的に例外として規定され、遺族の承諾なしに実施できる強制解剖である。強制解剖には、刑事訴訟法上の解剖(いわゆる司法解剖)、死体解剖保存法第8条で規定する解剖(いわゆる行政解剖)、食中毒、感染症に対する解剖(特に呼称もないし、実質存在しない)などが該当する。これら例外規定で行われる強制解剖は、証拠保全に適した法的優位性を与えられた切り札的な解剖といえ、他の解剖の上位に立っている(特に司法解剖が最上位の位置づけにある)。

一般にいう病理解剖は、死体解剖保存法でいう一般の「解剖」であり、承諾ベースの解剖(承諾解剖)として位置づけられている。病理解剖は、教育・研究を目的とした解剖であり、証拠保全を想定した解剖ではない。薬物検査や、頭部解剖、下肢の解剖などはしないことが多いし、病理解剖による証拠保全の不完全さが問題になっている事例も存在する。Knight’s Forensic Pathologyでは、明らかな病死と確定していない死体を病理解剖してはならないとされている。こうした背景があるため、捜査当局が証拠保全をしたいと考えたときには、病理解剖ではなく、司法解剖という強制解剖を実施せざるを得ない。

仮に、警察に取って代わるような第三者機関が設置され、そこが、証拠保全としての解剖を行うとなれば、強制解剖とすべきか、死体解剖保存法での一般の承諾解剖にすべきかどうかは本来自明ともいえる。また、病理学者が関与する解剖であっても、死体解剖保存法の例外としての強制解剖(司法解剖を含む)を、病理医が受託して実施するのであれば、それは合理的であろう。今後作られるかもしれない第三者機関は、何らかの強制解剖を法医・病理医双方に嘱託しても問題ないといえるが、一方で、第三者機関が、承諾解剖を法医学者や病理学者に嘱託するとした場合の適否については、充分考察されるべきであろう。

以下、第三者機関で行う解剖が承諾解剖か、強制解剖であるかでどのような問題が発生するかを検討してみた。

1.第三者機関が嘱託する解剖は全て承諾解剖である場合(第三者機関が、強制解剖を嘱託する権限を持たないとする場合)

これは、現在のモデル事業と類似の制度設計である。遺族が解剖を承諾しない場合、解剖実施ができなくなってしまうので、機関としての証拠保全能力に問題があることになる。現行のモデル事業でも、遺族による解剖拒否のために、解剖実施が出来なかった例が何割かあった。現行のモデル事業では、医療過誤の疑いのないものと遺族の不信感の弱いものだけをピックアップして実施してきたが、臨床医の視点からすれば、新設される第三者機関に対しては、医療過誤の疑いの強い事例や、遺族の不信感の強い事例を警察に代わって扱って欲しいと考えているのではないだろうか。仮に、そのような、より重大な事例を第三者機関が扱うように設計したい場合、そうした事例の中の、遺族の承諾が得られない事例をどうするのかが課題である。仮に、遺族の承諾の得られない事例を第三者機関で証拠保全ができないことになれば、そうしたケースは、不可避的に警察の捜査力に頼らなければいけないことになる。また、そうなるのが明白なので、第三者機関の解剖を全例承諾解剖すると制度設計した場合は、立法の段階から、警察捜査と第三者機関の調査を同時平行で行うことになるだろう。国民側から見ればそれでも構わないのだが、この案が臨床医の希望する案であるかは大いに疑問の余地が残る。

2.第三者機関が嘱託する解剖は、遺族の承諾が取れれば承諾解剖とし、承諾が取れない場合は強制的な解剖とする場合

これは、1の場合より、警察の関与する必要性は薄れるであろう。しかし、依然問題が残される。実際に承諾解剖で起こることだが、遺族が解剖は承諾するが、血液保管はしないで欲しいとか、解剖の後で、臓器を返して欲しいと主張する場合がある。承諾解剖は、死体解剖保存法で行う解剖にすぎないので、承諾解剖事例で、こうした申し出があれば、血液は捨てるか、臓器を返還しなくてはならない。これでは、承諾解剖に回した分の、証拠保全の信用度が落ちてしまう。また、第三者機関から解剖嘱託を受けた解剖機関側としては、かなり仕事が煩雑になる。ある死体は強制解剖だから、頭や下肢を開けていいが、別の死体は、承諾解剖になっていて、遺族が下肢は開けて欲しくないとないと主張しているが、解剖中にエコノミークラス症候群(整形外科の手術後に多発)であることが判明してしまい、下肢の静脈を開けたいがどうしたらよいのだ、などと気にしながら解剖することになる。もし、エコノミークラス症候群で下肢を開けない場合、治療行為と死亡の因果関係が不明のまま解剖終了になるので、それでは問題になる。問題を起こさないためには、解剖を途中で一旦取りやめて、第三者機関に、下肢を開けていいか遺族に追加で承諾を取ってもらうか、それが出来ない場合は強制解剖に切り替える手続をしてもらい、解剖を再開することになる。また、全ての承諾解剖事例においては、薬物検査を実施する場合、検査する薬物の名称全てを列記したリストを遺族に見せ、その検査実施を承諾するかどうかまで確認すべきでもある。このように、承諾解剖と強制解剖を混在させる制度設計にすると、手続面で相当煩雑になる。そのような運営にするよりは、むしろ、第三者機関が関与する場合は「法的には全例で強制解剖とするが、運営上は、全例で遺族の承諾を取るよう努力すること(承諾を得ることが出来ない場合でも、強制的に解剖可能であることを含みとして残す)」という運営が求められている。

3.第三者機関が嘱託する解剖は全て強制解剖とする

これまで記載してきたとおり、新設される第三者機関においては、法的には強制解剖とし、その上で運営上は、極力遺族の承諾を得るよう努力することが求められるだろう。そうしておけば、承諾を得ることが出来ない場合でも、強制的に解剖可能であることを含みとして残せるし、臓器の保管や薬物等の検査も可能となるのである。また、第三者機関がスクリーニング段階で、関与の必要はないとしたものは、病院で従来どおり病理解剖が実施できるとしたほうが、混乱が少ないと思われる。

このように、解剖においては、第三者機関に強制権限を持たせることにより、警察や検察が、第三者機関に調査を委譲してもよいという議論に結びつき、臨床側の求めるように警察捜査の排除も初めて可能になると考えられる。カルテ等の調査に関しても、解剖の議論と同様である。第三者機関が、奥の手としての強制捜査権を持たずに調査をするような制度設計がされると、全てが「任意」や「承諾」に基づく証拠提出となり、真の意味での、真実究明が危うくなる。解剖も、カルテの調査も、大事な証拠保全であり、どちらについても強制捜査する権限が欠けてしまうと、第三者機関の信用性はなくなり、結果的には警察や検察が捜査に乗り出さざるを得なくなってしまうだろう。第三者機関には、強制的な権限を担保した上で、実際の運営にあたっては、強制解剖を遺族の承諾を得ながら実施したり、押収する権限を持ってはいるがカルテは任意に提出してもらうという柔軟な運営が必要だろう。

以上述べてきた通り、医療関連死の調査に警察の介入を望まない制度設計をするのであれば、第三者機関の実施する解剖は、病理学者が解剖するとしても「病理解剖」等の承諾解剖であるべきではなく、司法解剖などと同等な強制解剖とすべきであるということになり、その解剖は、死体解剖保存法の例外の解剖として法律で規定された解剖(国際的には法医解剖と呼称されるが、それが嫌であれば死因究明解剖などと呼称するのはどうだろう)とされる必要があるだろう。また、新制度設置にあたっては、解剖数は相当のものになると予想できるので、法医、病理が協力の上、解剖機関を設置しなくては、信頼できる制度設計はできないだろう。さらには、証拠保全においては、解剖だけでは不十分で、その他の法医学的検査が必要であることも忘れてはならない。例えば、検体取り違えのときは、DNA検査が必要になるし、薬物の間違いや過量投与の場合は、薬物検査が必要になる。また、死後のCTやMRIなどの画像検査も証拠保全としては今後必要な検査になるだろう。こうした法医学的検査を実施する機関は日本では殆ど整備されていないので、放射線科、薬物分析の専門家等も協力の上、解剖やCT、薬物検査などの法医学的検査を行う機関を整備していく必要がある。

平成19年2月20日
岩瀬博太郎