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Vol.18 解剖施設の感染症対策

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。ご遺体からも感染の可能性があるとされ、最後のお別れができないという嘆きの声も聞かれる。コロナによる死亡とされていないご遺体でもウイルス感染の可能性はあるため、私たちのように解剖に従事する者に対しても、しっかりとした対策が取られなければならないだろう。

しかし、日本には感染対策に対応した施設はごくわずかしかない。解剖室を陰圧にし、天井から床に空気が流れて排気する空調と解剖台を備え、十分に換気をし、また防護服を着替える前室を備えることなどが不可欠なのだが、残念ながら千葉大学法医学教室を含む多くの法医学教室の解剖室はそれらの条件を満たしてはいない。これは新型コロナウイルスに限ったことではなく、他のウイルスや細菌による様々な感染症対策もほぼ同様だ。実際に、結核に罹患したご遺体を解剖し、職員が感染したケースもあり、私たちは常に感染の危険と隣り合わせにいると言っても過言ではない。

海外をみると、死因究明の先進国では、当然そのような施設は完備されているし、お隣の韓国の死因究明機関である国立科学捜査研究院(National Forensic Service)の本部にも感染を予防できる設備がつくられていた。

他方、新型コロナ陽性の死者についてみると、海外ではかなりの解剖が実施され、それに基づく論文が出されている。感染症の実態把握と予防の観点から非常に大切なことだ。しかし、わが国では、私の知る限りこれらの報告はみられない。本邦最大の設備を誇る東京都監察医務院でも、医師等の職員の安全に配慮して新型コロナ陽性のご遺体は解剖していないと聞いている。ここでも感染症対策が課題だ。

千葉大では、3月下旬から法医解剖にまわってきたご遺体のPCR検査を独自に行い、職員の安全確保に寄与しているが、こうした取組みはごく少数であり、費用も自前だ。

また、国は、今年、コロナ禍による医療従事者の負担を考慮し、5万円から20万円の慰労金を給付したが、法医学で解剖に従事する者は対象外ということだった。このように、行政にも理解されていない実情がある。

現在、厚生労働省では死因究明等推進基本法に基づく検討会が開かれているが、感染症から従事者の安全を守るための施策も議論の対象とすべきではないだろうか。

令和2年12月17日  岩瀬博太郎